2024.06.12──魔を退ける者⑫

「あくまで主観だが、俺達は上手くやっていたと思う。燃え上がるような激しい恋愛はしてなかったが、一緒に居るとお互い落ち着ける関係……それを半年間、俺と酒井サカイは続けてた」

 不意に、テーブルがカタカタと振動した。それは梨本ナシモトの手を伝って生じた、身体の震えからくるものだった。

 終始落ち着いた口調で話し続けていた梨本だったが、目をきつく閉じ、歯をギリギリと噛みしめて、苦渋の表情になる。これから話す内容、その時のことを思い出しているのだ。

「2日前……酒井のお母さんから急に連絡が来た。まったく要領を得ない内容だった。だが酒井の身に何か起きたことだけは分かった。俺は急いでこの家に向かった。普段はまったく人気のないこのド田舎に、知ってる顔、知らない顔が大勢集まっていた。中央の方には警察が居て、そしてその喧噪の中心には……」

 梨本は手で口を覆った。指と指の隙間から咽るような空気が漏れた。

「あいつが……あいつがあんな状態になるなんてあっていいのか。あんなの人の死に方じゃねぇだろ。肉に加工される牛とか豚の方がまだマシってもんだ。なんで俺は気付けなかった。なんで俺は何もできなかったなんで俺はおれは」

「梨本さん」

 土屋ツチヤが激しく振動する梨本の身体に触れた。その瞬間土屋を睨みつけた梨本の表情は想像を絶するものだったが、土屋は慌てずに言葉を繋ぐ。

「貴方が酒井さんとどのような関係だったか、どのような思いでゾンビを追われていたか、それはよく分かりました。……しかし、ゾンビを退けられるかどうかに、思いの強弱は関係ないのです。どれだけの恨みを抱えていようと、武器も知識も持ちえない貴方に勝ち目はない」

「……っ! そんなこと重々……!!」

「ですが」

 土屋は続けた。

「貴方には私も知らない『情報』を持っています。その情報を提供してくれるのであれば……私の手伝いをしていただいても構いません」

「……情報? そんなもの、俺は何も……」

「貴方は昨日、何時からあの古墳を探っておられましたか?」

 土屋の言葉に梨本の表情が固まった。「私と駅で別れてからずっとでしょう」と土屋が断言する。

「貴方の服の汚れ方……1、2時間藪を彷徨ってなるものではありません。何の確信も無い人が、そんな長時間をあの古墳での探索に費やすとは考え難い……梨本さん」

 困惑する梨本の顔に、土屋は己の顔をずいっと近付けた。

「貴方は見晴ヶ丘みはるがおか古墳にゾンビが潜んでいると、確信を持っているんですね」

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