2024.06.11──魔を退ける者⑪

 梨本ナシモトの話は続く。

「最初は酒井サカイに対してどうこうするつもりで近付いたわけじゃねぇ。だが子供の頃の知り合いが浮かない顔で歩いてんだ。心配だとか、励ましだとかしたくなるだろ?

 俺が話し掛けると、あいつも殊の外驚いた。お互い中学以来一度も面を合わせてなかったんだからな。

 少し落ち着くと酒井は俺に、別れてからの10年で起きたことのほとんどを話してきた。すごい早口で、油断すると聞き逃しそうなくらい、必死に喋り続けていた。先にも言ったが、俺と酒井は格別な間柄というわけでもなく、友人としてもそこまで深い関係じゃなかった。だけど、あいつは自分の心内を明かせる相手をずっと求めていて、そこに偶々俺が現れたんだな」

 梨本の話の途中で、土屋ツチヤはまた珈琲のカップに口を付けた。だが黒い露をほとんど飲み込めず、空気を啜るように唇を動かしてから、カップを机に戻した。

「それから定期的に、俺は酒井と会うようになった」梨本は依然カップには触れずに話を進める。「あいつの事情は再開したその日に大方聞いていたから、その後会って交わす言葉はただの世間話だった。家のこととか、仕事のこととか、子供の頃の思い出とか……そんな他愛のない話を続ける内に、俺はいつの間にか、あいつのことを愛しく思うようになっていた。

 あいつもそう思ってくれてたのか、それとも唯一の話し相手としかみてなかったのか、今となっちゃ分からんが……俺と酒井は、正式に交際を始めることにした。半年前のことだ」

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