2024.06.10──魔を退ける者⑩

 翌朝。

 二つのカップにお湯を注いだ土屋ツチヤは、それを持ってリビングへ向かう。

 テーブルにカップを置くと椅子に腰掛け、向かいに座る人物に話し掛けた。

「珈琲でもどうぞ。インスタントですが」

 真向かいに座る男は土屋の持ってきたカップには手を出さず、机に頬杖を付きながら土屋のことを睨み付ける。

「……人様の家のもん勝手に飲んでるんじゃねぇよ」

「持参してきたものですよ。カップは拝借しましたが……さて」

 土屋は珈琲を一口飲み、懺悔室で罪の告白を聴く神父さながらの所作で男に語り掛けた。

梨本ナシモトさん。何故あの山……古墳に居たのですか?」

「……俺は地元の人間だぞ。居たら悪いのか」

「ゾンビを探されていたのでしょう」

 土屋のその言葉に梨本は何も返さなかったが、表情と目線から土屋は是と認識し、話を続ける。

「繰り返すようですが、一般の方が生身でゾンビを探すという真似は危険です。ましてやあの時間帯にゾンビが潜んでいるかもしれない藪の中を進むなど自殺行為……」

「だったら俺に何が出来る!?」

 梨本が机を叩いた。振動で二つのカップが揺れ、黒い水面が並み立つ。

 しばらく、土屋も梨本も黙り込んだまま時間が流れる。土屋が珈琲の二口目を啜ると、梨本がボソボソと囁くように話し始めた。

「……俺と酒井サカイは子供の頃家が近所で、小中も同じ学校に通っていた。当時は特にこれといった仲じゃなかったよ。あいつが他所の県の高校に進学してから10年余りは、メールでのやりとりさえしてなかった……それが2年前、急にひょっこりと地元に戻ってきた」

 2年前、という言葉に土屋の眉がピクッと動いた。梨本は構わず続ける。

「正確には戻ってきていることに気付いた、だがな。実際はもうちょい前に地元に戻っていたらしい。俺は見晴ヶ丘みはるがおかから2kmほど離れた石材屋で働いてて、ここに石を運んできた時に偶然、あいつを見つけた。最初は確信が持てなかった。10年振りだったし何より……随分とやつれてたからな」

 梨本の言う「やつれた顔」を、土屋は実際に見てきたかのように想像することが出来た。

 酒井がそうなった原因を知っているから。

 ……いや、酒井がそのようになったのは、自身のせいだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る