2024.06.07──魔を退ける者⑦

 酒井サカイの家は駅からバスで10分程の場所にあり、そこまで行くと高い建物は一切姿を消して、田畑の広がる真っ平らな空間に小さな家がパラパラと立ち並ぶ景色へと変わる。

 そこは見晴ヶ丘みはるがおか古墳に近く、駅前からは小高い丘のように見えた古墳が、ちょっとした山のように聳え立ち、平野に影を落としている。


 酒井宅に上がってそこで暮らす壮年の母親と面会した土屋ツチヤだったが、思っていた通り、まともに話せるような状態ではなかった。家の中には母親の他に近所の方や駐在の警察官も居て、彼らの通訳を交えながら土屋は情報を整理していく。

 面会が終わると、母親は皆に連れられて外に出ていき、土屋一人が残された。今日からしばらく、この家がゾンビ退治のための拠点となるのだ。

 持参した荷物をあらかた広げ終えると、土屋は階段を登り、2階にある酒井の部屋へと向かった。

 鍵は開いていた。土屋は「失礼します」と虚空に断りを入れ、中に入る。

 狭い部屋の三割を占領するベッド。もう何年も使っているであろう古い箪笥に、比較的新しい化粧台。若葉色のカーテンに、同系色の絨毯。棚や机の上に均等に置かれた女性らしい小物の数々。

 そこで暮らしていた者の生活が、まだ残留思念のように漂っているように思えた。実際、昨日の朝まで彼女はこの部屋に居たのだ。部屋に残された遺品達は主人の死を知らずに、まだ帰りを待ち続けているようだ。

 机の上に置かれた写真立てが土屋の目に止まる。そこに写っているのは酒井と……一人の男。

「……恋人、か」

 最後に会ってから昨日までの2年間。酒井の時間はこの土地で動き続けていた。

 土屋は窓に近付き、カーテンを開ける。日は間もなく沈み、古墳の影がさらに世界を暗くしようとしていた。

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