2024.06.03──魔を退ける者③

「…………殺された?」

 山代ヤマシロの発した言葉に、土屋ツチヤの表情が変わった。山代は机の上に手を組んで続ける。

「ああ……昨晩のことだ。酒井サカイ様が夜遅くなっても家に帰らないことを不審に思った母親が、近所の警察に依頼して捜索を行ったところ、家路の途中の道端で遺体を発見したらしい。その破壊状態から、間違いなくゾンビの仕業だと……今朝早く協会に連絡が入った」

「………………」

 山代が言葉を切ってしばらくしても、土屋は目を開いたまま呆然と立ち尽くしていた。扉の近くに居た吉田ヨシダが近付いて思い切り肩を叩くことで、ようやく我に返った。

「土屋くん、私はキミを責めるつもりで呼んだんじゃない。2年前の件はその時にすっかり片付いたことだし、キミの働きも実にスマートなものだった」山代が諭すように語る。「むしろキミを呼んだのは、その時の実績を見込んでのことだ。今回のゾンビ被害があった地域において、キミは既に十分な基礎情報を得ている。新たに調査を始めても、迅速に行動が出来るはずだ」

「……つまり、今回の件は私に任せてと」

 土屋がボソリと声を漏らすように言った。その言い様が気になったのか、背後に立つ吉田が眉を吊り上げた。

 山代は頷き、組んでいた手を解いて姿勢を正した。

「一度助けたはずの依頼人がゾンビに襲われたことに対するキミの無念、察するに余りある……だが、新たな被害者を生まない為に、我々は迅速に行動をしなければならない。その無念も原動力として、是非にともキミに頼みたい。引き受けてくれるだろうか?」

「……畏まりました」

 土屋は胸に手を当てて返事をした。それは退魔協会内で使用されている「敬礼」のようなものであり、厳密には組織で定められているものではないのだが、退魔師達の間で自然に広まっている所作である。

「二等退魔師、土屋。ただちに現場に向かって案件に当たります」


 支部長室を出て、長い廊下を進む土屋の心境は複雑なものだった。

 山代は「一度助けた依頼人が襲われた無念」と土屋の気持ちを表していたが、実際には、仕事の枠を外れた私情が絡んでいる。


 酒井様……酒井。


 その依頼人は、かつて土屋が交際していた女性であった。

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