2024.05.22──砂漠ピアノ
砂漠での一週間の放浪の末、私が見つけたのは水ではなく一台のピアノであった。
いつからそこにあったのだろうか。打ち捨てられたものにしては随分と綺麗な状態で、黒い身体が砂漠の協力な太陽の光を強く反射し、まるでピアノ全体が輝いて見えるようだ。
発見から数分間ただただ立ち尽くしていたが、いくら待っても地面から水が吹き出すわけでもなし、私はそのピアノに近付いた。椅子は無かったので、背負っていた大きなリュックを砂地に置いて、それに腰掛ける形でピアノと向き合った。
真っ白な鍵盤が、一本も抜けることなく揃っている。新品同然の状態だ。私は恐る恐る、人差し指で鍵盤を押してみた。トーン、という心地の良い音が、砂以外は何もない空間に響いた。
私は鍵盤を両手で叩き、本格的に演奏を始めた。私は音楽家ではなく、日常的にピアノを弾いていたわけでもない。演奏できる曲は、子供の頃に、母親から教わった古く、簡単なクラシックの曲がいくつかのみだ。
それでも、私は演奏を止める気にはならなかった。ここ数日歩き通しの疲労があるにも関わらず、私の指は素早く、若々しく動いた。まるで身体が水の代わりにピアノを求めていたかのように。
昼間の激しい日差しの中でも、月夜の極寒の下でも、私はピアノを弾き続けた。
音の無い砂漠の世界でも、私が演奏を続けている間はメロディが存在する。そう思うと、なおさら演奏を止める気にはなれなかった。
曲目はすでに昔のクラシックではなく、その場で私が考え出した即興の音楽となっていた。そしてこれからも、今まで世界に存在しなかった新たな曲が、このピアノから、私の指先から産み出されていくのだろう。私の身体が尽きるその日まで。
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