2024.05.18──住民登録
『この町には現在100匹の猫がいます』
そう大きく見出しの打たれた看板が目に停まった。見出しの下には一匹一匹の猫の写真と名前、生息場所を記した説明書きのようなものが記されている。
それを見たときは「ふーんそうなんだ」くらいの軽い気持ちしかなかったが、その後町を歩いていると、あちこちに居る猫の姿を自然に追うようになっていた。看板を見たことで、普段気にしていないことに意識的になったのだろう。
あれはスーパーのごみ捨て場の常連であるブチオ、そっちに居るのは近所の小学生に可愛がられているアイリス、といった感じで、会う猫会う猫の名前やプロフィールが頭にスラスラ浮かんできて、これは中々面白い。
ふと、前方に綺麗な毛並みをした猫が歩いていることに気付いた。あの猫は誰だったかと看板の説明を思い出そうとするが、該当する猫のデータは浮かばなかった。もしかして、別の町からやって来た放浪猫なのかもしれない。
そいつに少し興味が湧いて、バレないようゆっくりと後を追ってみた。その猫は他の野良猫よりも落ち着いていて、どこか上品な雰囲気すら感じさせた。元々はどこかの大金持ちの家に居た飼い猫なのだろうか。
追跡を始めて十分が経った時、その猫はピタリと立ち止まった。辺りをキョロキョロ見回したので、私は慌てて近くの電柱に身を隠す。
そこで気付いた。猫の前には、先程見た『100匹の猫がいます』看板が立てられているではないか。追跡に夢中で気付かなかったが、先程の場所まで戻ってきたらしい。
周りに危険がないことを確認した猫は、その看板に近付いて、カリカリと二回爪で引っ掻いた。
それからすぐ、看板の裏からヌッ、と大きな黒い塊が出てきて、私はギョッとした。それは汚れた布のようなものを全身に羽織った人のようで、猫の姿に気が付くと、その場に屈んで猫と視線を同じにした。猫は逃げようとはしなかった。まるで自分がその人間を呼んだかのような澄ました顔をして。
しばらくすると、布を被った者は懐から随分と古い型のカメラを取り出し、猫に向かってシャッターを切った。それが済むのを見計らったように、猫は踵を返して元来た道を歩き去っていった。
布の被った者はカメラを懐に仕舞うと、再び看板の後ろにヌルッ、と滑り込むように戻っていった。時間にして5分程の出来事だった。
次の日。私が同じ場所を訪れると、看板には『この町には現在101匹の猫がいます』と見出しが打たれていて、昨日見掛けた猫の写真と説明が、新たに追加されていた。猫の名前は、アブラというらしい。
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