2024.05.17──ニワトリを運ぶ子

「密輸ごっこしようぜ。み・つ・ゆ」

 クラスメイトの歩喉海良がそんなことを言った。海良は身体が大きく運動神経万能で、さらに実家が金持ちであり、長期休み後の始業式の日には外国のお土産を沢山持ってくるような、いわゆるヒエラルキーのトップに君臨するような男だ。僕? 僕は海良と対を為す存在とだけ言っておこう。

 そんな海良が密輸などと、最近社会科の授業で覚えたばかりの単語を嬉しそうに語り散らしてきたわけだ。なぜその相手に僕を選んだのかはまったくの謎だがトップヒエラルキーの男は止められない。

「動物小屋のニワトリの『ムック』居るだろ? あいつをちょっとさ、北小の動物小屋まで持っていってくれよ」

 北小とは僕らの通う学校から3キロほど離れた場所にある大きめの小学校だ。ちなみに僕らの学校は南小と言われている。

 動物小屋に居るムックとは、生物係の木呂茅実が大切に育てているニワトリだ。それを勝手に別の小学校に連れていくなんて真似は、ちょっと駄目だと思う(理由を付け加えると僕は茅実のことが少し気になってる)。そんな僕の精一杯の抵抗に対する海良の返事は、お腹へのパンチ一発だった。ミッションスタートである。

 ただこれが、前述した通りの精神的苦痛に加えて、暴れるムックを押さえながら数キロを歩かなくてはならないという肉体的に苦痛もありかなりの地獄である。それにしたって、ムックはいつも以上に狂暴になっている風に感じた。自分の置かれている状況を理解しているのだろうか。

 さらに最悪なことに、僕は北小に向かうためのたった3キロの道程で迷子になってしまった。なるべく人の目に映らないように、普段は歩かないような道を選んで進んでいたのが原因だろう。

 僕はムックを抱えたまま、見知らぬ場所でポツンと佇んでしまった。このままミッションを断念して南小に戻っても腹にもう一発のパンチを受けるだけだし、そもそもその帰り道さえ分からないのだ。ムックをなおも暴れていて僕の腕を傷付けていく。ついに、僕は泣き出してしまった。

 そんな時、僕の目の前に一台の自転車が止まった。顔を上げると、知っている人だった。警察の市坂さんだ。

 市坂さんは「どうしたんだい?」と声を掛けながら、僕とムックを近くの交番まで連れていった。交番に付くと市坂さんはムックを預かり、僕に麦茶を出してくれた。色々と限界だった僕は、泣きじゃくりながらこれまでの経緯を全部話した。海良のこと。ムックのこと。迷子のこと。

「それはいけないね。密輸というか、立派な泥棒だ」

 市坂さんはそう注意しながら、一緒に南小へムックを返しに行こうと僕に言ってくれた。僕に断る理由はなかった。それじゃ行こうかと市坂さんがムックの身体を抱えたとき、ムックが口から何かを吐き出した。それは小さくて透明なビニールの袋に包まれた、緑の枯れ葉のように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る