2024.05.12──合成人の夜

 夜空に向かってぴんと立った長い耳が、微かな物音を捉えた。

「こっちだ」

 兎の合成人アロイである飛塚が示した方向に部下達が駆け出していく。いずれも獣系の合成人アロイでその脚力は常人の数倍から十数倍に及ぶ。

 彼らが向かう先には、ただ平坦なビルがそびえているだけに見えたが、彼らの足が接近すると、急にビルの外壁の一部、夜景を鏡のように反射するガラス壁が「移動」を始めた。動く壁は人形を成していて、ビルの上へ、さらに上へと猛スピードで駆け上っていく。飛塚の部下がそれを見て声を上げる。

「主任! 奴は……」

「ああ」

 飛塚はビルを見上げながらトレードマークである鍔の広い帽子を指で持ち上げた。彼の長い耳だけが外に出れるよう穴が開けられた特注品である。


 ビルの屋上。壁を必死に上って来た十色は、息も絶え絶えになりながらその姿を夜の外気にさらした。

 一見はただの人間のようだが、異様に大きな舌は丸まった状態で口からはみ出し、上着とズボンの間からはこれも丸まった長い尻尾が飛び出ている。彼女はカメレオンの合成人アロイなのだ。

 息を整え、ビルの下に目をやる。警官達の姿は見当たらない。ビルに侵入し、階段かエレベーターかで屋上に向かってきているのだろう。

 だとすればまだ時間はある。十色は辺りを見回す。ここから隣のビルまでの隙間は、およそ10mほど。合成人アロイである己の身体能力なら届かない距離ではない。十色は勢いを付けて……。

「やめときなぁ、生き死にを賭けるようなギャンブルはな」

 後ろから声を掛けられ、十色は心臓が飛び出しそうになった。振り返ると、馬鹿な、早すぎる、奴らのボスらしき長い耳の男が拳銃を構えてこちらを見ているのだ。

「えらい驚きようだが、俺の売りは耳の良さだけじゃない」飛塚は微笑しながら言った。「跳躍力も兎と同等かそれ以上を誇っている。お前さんが20秒で駆け上ったビルも、俺は3秒で跳んで追い付けるというわけだ」

「地上30階建てのビルをか!?」十色は目を見開く。「それは獣系の身体能力の範疇を超えている! お前……!?」

「それはきっとお互い様だ。カメレオンの手にガラスの壁を掴めるか?」

「ぐ……!」

 その間に飛塚の部下達が屋上まで辿り着き、全員で十色を押さえて連行して行った。

 飛塚はしばらく屋上に留まり、オレンジ色をした煙草を咥えた。

 合成人アロイ達による夜の饗宴。果たしてこれはいつまで続いていくのだろう。

 暗い夜空に煙を吐き出した。

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