2024.05.10──寿司よこい

 回転寿司屋に来ている。

 俺はネタを注文はしない。基本的には、流れてくるネタとの一期一会を大切にすることにしている。

 俺の目の前をコンベアがグングンと低い音を立てながら流れていく。時折、店のイチオシや旬のネタを示したPOPだったり、ワサビを仰山詰め込んだ器が目の前をゆっくりと通過するが、肝心の寿司は一向に流れてこない。

 逸る気持ちを抑えながら、給湯器にグッとプラスチックの湯呑みを押し付けて茶を淹れる。回転寿司はどれだけ待てるかが勝利の鍵だ。待った時間だけ、口に入れた時の寿司の旨さもひとしおだ。

 そして、ついに、俺の視界は流れてくるプラスチックの皿を捉えた。皿の上に乗っているのは、海老だ。俺が好きな寿司ネタでも五本の指に入る。待った甲斐があったというものだ。

 俺は標的がスコープに入るのを待つスナイパーのように、寿司が手に取れる位置に来るのをジッと堪える。手にした割り箸はさながらよく手入れのされたライフルといったところか。

 目標到達まで残り2m。口の中で海老を味わうシミュレーションを行い、唾液が溢れ出そうになる。目標まで1m。いよいよだ。俺は前屈みになって、コンベアのに近付き、そして寿司を──

 コンベア上流の席に座る家族連れの小さい女の子が取った。

 一瞬俺の脳と身体は硬直し、次の瞬間には標的を逃したことを理解して、虚脱感が全身を襲う。ソファーに背を預け天井を仰ぎ見る。昼白色の蛍光灯の光が目に刺さる。

 だがこの脱力感こそ……俺が今を生きているという証であるのだ。

 俺は状態を起こし、次の標的が近付くを、またジッと待ち続ける。

 ああ。これだから回転寿司はやめれない。

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