2024.05.06──魚のキーホルダー
今日は道行く人達に、妙な共通点を感じた。
歩いている人は背広姿の中年男性、ランドセルを背負った女の子、部活終わりの男子学生、杖を付いたお婆さんなど様々だが、どこか彼ら彼女らに、同じ部分がある。
道端に佇みよく観察していて、分かった。歩いている人は全員同じ「魚のキーホルダー」をどこかしかにぶら下げているのだ。
少し緑がかった、薄い青色のキーホルダー。まるで翡翠のようだが、おそらくはプラスチック製だろう。金色の鈴も一緒に付いていて、人が歩く度にチリンチリンと小さな音を立てている。
何故全員が同じキーホルダーを付けているのだろう。ここには何度も足を運んだことがあるが、このような光景は初めて見る。どこか近くの道端に露店が開かれ、そこで格安で売られているのか、それとも無料で配布をしているのか。いずれにしても、ここから見える全ての人間が、それを進んで付けているようには、どうしても思えない。
ふと、向こうから友人の沼蔦が歩いて来ていることに気付いた。彼も鞄に件のキーホルダーをぶら下げている。しめたと思い、私は沼蔦に近付いた。
「よう沼蔦、偶然だな」
「なんだ芦岡か。どうした」
私は世間話を交えながら自然な流れで、鞄に付いているキーホルダーについて尋ねた。だが沼蔦は怪訝そうな表情をして、思わぬことを言った。
「そんなキーホルダーなんか、どこにも付いてないぞ」
私は最初彼にからかわれたのかと思ったが、どうもそのような様子ではない。私は会話を続けながら、こっそりとそのキーホルダーに手を伸ばしてみた。
さらに予想外のことが起きた。そのキーホルダーは、私の手を貫通したのである。
まるで立体的な映像に手を突っ込んだようで、何の感触も覚えなかった。
沼蔦と別れた私は、この問題に頭を抱えながら家路へと着いた。道行く他の人々の様子を見るに、彼らも沼蔦同様、キーホルダーの存在には気付いていないらしい。
これは、私が見ている幻覚なのだろうか。そう考えていると、不意に頭上からチリンチリンと、あのキーホルダーの鈴の音が聴こえていた。上を見上げると、数羽の鳥が空を飛んでいる。
そこで私はギョッとした。その鳥達も、身体のどこかしかにあのキーホルダーのをぶら下げているのだ。
私は地面に目をやった。そこでは蟻が列を作って、道を横断している。
目を凝らしてみて、そこでも見つけた。蟻の一匹一匹に、小さなあの魚のキーホルダーがくっ付いているのだ。チリチリチリと小さな鈴の音も聴こえてくる。
これは、現実にしても幻覚にしてもとんでもないものだぞと思いながら、私はその奇妙な蟻の列をゆっくりと目で追った。
蟻たちが向かう先には、大きなカマキリの死骸が落ちていた。
そのカマキリの身体に、キーホルダーは付いていなかった。
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