2024.04.19──自信のキャンディ
川根秋広がまだ小学生で、地域の少年野球チームに入ってきた時のことだ。秋広は日々頑張って野球の練習をしてきたが、中々結果は実らず、いつまでもレギュラーになることが出来なかった。
チームメイトから馬鹿にされ、虐められ、もう野球は辞めしまおうかと、悲観に暮れながら練習帰りの河川敷をトボトボと歩いていた時、前方に妙な男が居ることに気付いた。
真っ黒なコートを身に纏い、頭には細長い黒いシルクハットを被っている。顔は青白く、目鼻は異様に尖っている。
【坊や、自信を失っているのかい?】
男が話し掛けた。人間離れした、異様な声だった。
【自信が無いときは、このキャンディを食べるといい。きっと力を貸してくれるはずさ】
そう言うなり、男はポケットから大きなガラス瓶を取り出した。中には、赤い包み紙に入ったキャンディがギッシリと詰まっている。
秋広がそれを受け取り、呆然と眺めていると、男はいつの間にか、姿を消していた。
それが二十年前のことであり、秋広は現在、世界で一番有名な野球選手へと大成した。
大事な試合の前などに、秋広はあの男のくれたキャンディを口に入れた。すると、身体の内側から力が湧いてきて、普段の実力以上の結果を出すことが出来た。
そのキャンディの力を借り、甲子園、リーグ戦、日本シリーズ……果てはWBCまでも制し、世界中の子供達が憧れる野球選手になることが出来た。
しかし、秋広を今まで助けてきたキャンディも、遂に最後の一個となってしまった。秋広にはある予感があった。その最後の一個を食べた時、おそらく俺は……。
そしてその時はやってきた。その日はワールドシリーズの最終戦があり、秋広はいつものようにキャンディを口にして、見事な結果を出してチームを勝利に導いた。打ち上げが終わり、家に戻ると、部屋の中にあの男が居た。黒いコート、黒いシルクハットの男だ。
「……やあ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」
秋広が男にそう言うと、男は意外そうに目を細めた。
【私の正体に、目星が付いているようで?】
「なんとなくだけどね」
秋広が返答すると、男は満足そうに頷いた。
【では……私がこれから要求することも、了承して貰えますな?】
秋広は少し時間を置いてから、ゆっくりと頷いた。
「ああ……貴方のおかげで、今まで十分いい思いをしてきた。俺の魂でも何でも、持っていけば……」
【魂? 何のことです?】
その返事に秋広がポカンと口を開けると、男はポケットから一枚の紙を取り出した。
【私が欲しいのはお客様のレビューですよ。我が社の商品である自信促進剤、「ヤルッキャール」の。是非、前向きな意見をいただければ幸いです。営業の私の自信に繋がるようなね……】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます