2024.03.24──毒の変化

 悪政を働く王の暗殺を依頼された俺は、今まで体験したこともない困難な仕事に頭を悩ませていた。

 ナイフなどの凶器をもって直接的に殺しに行くのは無理だ。標的の周りは常に武装した兵士で固められていて、夜寝る時も堅固な建物の中に入ってしまう。己が大多数から恨まれているということを自覚していて、暗殺への備えも盤石なわけだ。

 可能性があるのは、飲食物に毒や細菌を混入させる方法だ。しかしこれも容易ではない。標的が食べるものも毎食細かなチェックがされ、毒が入っていれば味の変化ですぐにバレてしまう。

 王室の中の誰にもバレず、確実に標的に毒を摂取させる方法を考えなくてはならない。幸い、依頼人の助けがあれば、標的の食事を作る料理人の中に混じることは出来そうだ。あとは毒の風味を如何にして誤魔化せるかに掛かっている。

 俺は国中から色々な薬品、植物、獣の排泄物なども取り揃え、アジトに籠り研究を行った。標的が普段どのようなものを食べるかも事前に調べ上げ、その料理を自分で作り、そこに試作した毒を混ぜて味を確認する……それを何日も繰り返した。

 数か月は経過しただろうか。ついに理想の毒を形にすることが出来た。俺は早速それを懐に入れ、料理人として王室に忍び込んだ。暗殺出来ると分かれば果断決行だ。

 毒を混ぜた料理を運びながら、俺は王の居る部屋に入った。王は豪勢なベッドの中で伏せっているようだった。数か月前に姿を遠くから見た時よりも、遥かにやつれているように思えた。悪い病に罹ったと、王室の中でも噂が広まっているらしい。

 これは好都合だ。この状態の王なら、俺が作った毒を飲めばひとたまりもないだろう。俺は手を上手く動かせない王の代わりに、自ら拵えた特製の料理を、スプーンで掬って王の口に運んでやった。王は料理を何回か租借し、ゆっくりと飲み込む……そして大きく目を見開いた。

 王はいきなり、俺の両腕を掴んだ。病人とは思えぬ力の強さに俺は驚愕した。さらに驚くことに、王は俺からスプーンを強奪すると、すごい勢いで運んできた料理を食べ始めたのだ。料理を一口食べる毎に、王の体調はどんどん良くなっていくようだった。

 俺は蒼白した。毒の風味を変えることのみに執心した結果、毒そのものの成分を変えてしまったらしい。俺が作り出した毒は、今の王の病にてき面な妙薬となってしまったのだ。暗殺は失敗した。

 しかし、絶望する俺の目に、さらに予想外の光景が映った。料理を平らげた王が急に泣き始めたのだ。王は再び俺の両腕を強く掴んで、慟哭するように言った。私は国民に憎まれている。誰もが私を死んでほしいと思っている……そう思っていたのに、お前はこんな私を救ってくれた。お前のような者が居るとも知らず、私は国民を今まで虐げ続けていた。これからはお前のような国民のために、愛のある政治を行う。どうかこれからも私の傍で料理を作っていて欲しい、と。

 そんな経緯で、王は以前よりも民に寄り添った国づくりをするようになったのだった。

 そして俺は、今でも料理人として王に仕えているのである。

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