2024.03.23──机の糸
雁向八矛が机で頬杖を付きながらボーッとしていた時だ。ふと机の端を見ると、そこから一本の細い糸が横に真っ直ぐ伸びていることに気付いた。
糸の行方を目で追うと、それは窓まで続いていた。窓は半開きになっており、外からの風でカーテンがたなびいている。はて、自分は窓なんて開けていただろうか、花粉だって多いのに……と八矛が考えていると、窓の外から、小さい何かが入り込むのが見えた。
それは、小さな人間だった。つばの広い帽子を被った、カウボーイのような男だ。カウボーイは滑車のようなものを掴んで、滑り降りるように八矛の部屋に入ってくる。滑車は、さっき八矛が見つけた糸を伝っているようで、糸はどうやら窓の外まで伸びていたようだ。
八矛が考察を完了する間に、カウボーイは八矛の机に着地し、八矛の目の前まで歩いてきた。カウボーイの小さな二つの眼が八矛を見つめる。彼は小さいながら精悍な顔つきをしていて、自分よりもずっと年長の存在に思えた。八矛は思わず、カウボーイに向かって会釈をした。
不意に、カウボーイが『ぴゅーい』と口笛を吹いた。それを合図にしてか、窓の外から新たに何人もの小さなカウボーイが入り込んできた。
八矛が呆然としていると、カウボーイ達は懐から「かぎ爪」の付いたロープのようなものを取り出した。カウボーイ達はそれを振り回したと思うと、八矛に向かって一斉に投擲した。
八矛は驚く暇もなく、カウボーイ達の投げたロープを何本も喰らってしまった。そして気が付いた時には、ロープが絡まってその場から身動きが取れなくなっていた。
パニックになる八矛を余所に、カウボーイ達は素早い動きで家の奥の方まで走り去って行った。一体何をするつもりだ、そしてあたしはどうなるんだと八矛は必死にロープから逃れようとするが、かぎ爪が机や椅子に食い込んでいるようでまったく外れる気配がない。
しばらくすると、カウボーイ達が全員机に戻ってきた。彼らはいつ準備したのか、リアカーのようなものを引いていて、その荷台にはハムや生卵、ジャムの瓶など、食品類が沢山積まれていた。どうやら冷蔵庫を漁ってきたらしい。それが分かった途端、八矛は怒りが湧いてきた。
八矛は歯を食いしばりながら、力づくで立ち上がろうとした。それをロープに押さえ付けられたが、やがてロープの一本が力に耐えきれずブツンッと切れた。一本が切れると他のロープもたちどころに切れて、怒り心頭の八矛はついに椅子から立ち上がった。
八矛の復活に驚いたカウボーイ達は慌てふためき、戦利品を机に放置して、窓の方へ駆け出した。逃がすものかと八矛が机に付いた糸を思い切り引っ張ると、その勢いでカウボーイの一人が八矛の顔に向かって飛んできた。八矛はそれを躱せず、眉間に重い衝撃が走った。
次の瞬間、八矛はハッと机から顔を上げた。辺りを見るが、そこには小さなカウボーイも、小さなリアカーも、机から伸びる長い糸も見当たらなかった。
どうやら夢を見ていたらしい、と八矛が欠伸をしながら立ち上がろうとすると、床に何かが落ちていることに気付いた。 ジャムの瓶がコロコロと床を転がっていた。
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