2024.03.19──秘境音

 音楽ブームが起こり十世代ほど時が進んだ昨今、巷では環境音から発展し「秘境音」なる分野が盛り上がり始めた。

 読んで字の通り、この地球上にある秘境で録られた音を聴くというもので、人々はそれを聴くことで自分が行ったこともない未知の世界に思いを馳せるのである。

 数多のミュージシャン、作曲家が新たな秘境音を求め、世界中を飛び回った。未開のジャングル、暗黒の洞窟、世界最高峰の山から、世界最深部の海まで、サンプリングマシン片手に人々は突撃した。

 莫大な予算を持つ大物アーティストは、大胆な手法で秘境音を作り出した。買収した広大な土地に木を植えたり岩を置いたりして、秘境と同様の環境を再現し、そこで音を採取するのだ。だが、こうして作られた秘境音は種がバレると一気に価値が落ち、人々からは「卑怯音」と揶揄された。

 逆にほとんど予算を持たない人達の間で、身近な音を拾ってそれを編集し、秘境音に近い音を作るという試みも生まれた。これらの音楽は「非境音」と呼ばれ始め、独立したジャンルとして人気が出た。

 実際、私も学生の頃から非境音を作り出し、今ではその界隈の有名作曲家として知られるようになった。しかし、音楽活動を始めた当初から、いつか本物の秘境音と録りたいと私は密かな野望を抱いている。

 それも、まだどの音楽家も行ったことがない、格別な秘境の音だ。私は、宇宙に行こうと思っている。宇宙空間は真空地帯なので音が伝わらないと言われているが、逆にそのような環境で録音を始めたとき、サンプリングマシンはどのような音を拾うのか? 私はそれが気になって仕方ないのだ。

 民間宇宙船も発展し、お金さえ払えば誰でも宇宙に行けるようになった。私は学生の頃から貯金した金をはたいて、暗黒の境界にある神秘の音を拾う日を、今か今かと待っている。

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