2024.03.20──月を呼ぶため
戸守羽群が学会で発表した『月を捕らえる12の方法』は子供の考えた悪ふざけと一蹴され、一時期は天才天文学者と評された羽群の名声は、一日にして地に墜ちた。二つの天が二つとも失墜したのだ。
羽群は自分の理論に何ら間違いはないと最後まで熱弁を奮ったが、学者仲間に理論を証明してみろと言われると「月を捕らえる方法のいずれでも試してしまうと地球を滅ぼすことになるから出来はしない」と堂々と返し、これが決め手となって学会を追われてしまった。
怒りや悲しみの情が込められてしわくちゃになった論文を抱えながら、羽群は一人、夜の公園のブランコに座っていた。何故みんな理論の正しさや結果のみを求めるのだろう。どんな突飛な考えだろうと、そこに可能性が少しでもあるのならそれが夢や希望へと変わり、次の世代への高い目標として設定出来るではないか。
空を見上げると、雲一つない漆黒の夜空の中、美しい曲線を描いた三日月が絶大な存在感を放っていた。アレを欲しいと思うのは、多くの人間が抱くであろう尊い欲望じゃないか。何故それを児戯と嘲笑うのだ!
「その子供の遊びを、現実にしたいとは思いませんか?」
突然横からそんな声が聴こえて、羽群は振り向いた。
妙な格好をした男が、微笑みながらブランコを漕いでいた。男はブランコから降り、羽群に名刺を差し出した。黒い紙に白く印字のされてある妙な名刺だった。
「──秘密結社クレタルカス、代表の呉田……?」
羽群が名刺を読み上げると、呉田がふふんと笑った。
「あなたの論文、実に素晴らしい。まさに人類が考える夢の最高峰とも言うべきものでした」
「……学会で爪弾きにされ世に出回らなかった私の論文を何故知っている」
「簡単なことです。ワタクシもその学会に出席していたからですよ」
何を言ってるんだと口を開こうとした羽群は、呉田の顔を見てハッとした。この男は地質学の分野で最近頭角を現している呉田流伽ではないか?
先日の忌まわしい学会を思い出す。自分の考えに賛同する学者がほとんどいない中、一人だけ発表が終わった後に拍手をしている者が居た。それが呉田だったのだ。
「どうです戸守博士、ワタクシ達の組織に入り、その論文で発表したことを実現してみませんか?」
「……貴方の組織がどんなものかは知らないが、学会に居られたのならご存じのはずだ。私の理論を実現するとこの地球が」
「地球が滅びることはありません。何故なら、ワタクシが現在進行形で新しい地球を製作中だからです」
「新しい地球?」
「左様」呉田がにんまりと笑った「貴方の論文のような素晴らしい夢に賛同する人間はほんのわずかです。そのわずかな人類のみをワタクシの作り出した新地球に移住させ、目先の利益にしか飛びつかない愚かな残りの人類を一掃する……それが我々の考案する『クレーターオール作戦』です。貴方の月を捕らえる方法を持ってすれば、この作戦を容易に進めることが出来る。貴方は貴方の夢を叶え、夢を叶えた先にある未来には貴方の考えに賛同する新人類の世界です……いかがですか?」
「…………」
羽群は数分間口を閉ざし、そして遂には、呉田の手をしっかりと握った。
こうして秘密結社クレタスカスは闇の世界での活動をスタートし、大首領クレーターの傍らにはいつも最高幹部ウムラが立ち、その知性を現生人類撲滅の為に奮っているのだ。
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