2024.03.16──トンネルの影

 苅沢怜里は趣味のカメラをぶら下げて、小川の流れる美しい山中を散策していた。

 途中、山の地肌が露出した場所があり、怜里はそこで洞穴のようなものを見つけた。何か野生動物でも隠れているだろうかと、物音を消して木陰に潜みながら穴を伺うと、穴のずっと先で、白く光っているものが見えた。

 あれは太陽の光だ。つまり、この穴は山の反対側まで続くトンネルになっていると怜里は理解した。自然に出来たにしては、そのトンネルの距離はあまりにも長い。だが人の手で掘られたのだとして、どのような目的で作られたのか?

 怜里は一先ずトンネルの入り口をカメラで撮影し、その日は山を降りることにした。家に戻りその山の歴史について調べたが、トンネルに関係しそうな記述は何も見付からなかった。

 しかし、山で撮った写真の現像が終わり、戻ってきたトンネルの写真を見て怜里は愕然とした。入り口付近に黒い影のようなものが佇んでいたのだ。影は見方によっては人の輪郭をしているように感じ、手と思われる部分は、まるでトンネルを指差しているように見えた。

 この影はトンネルに誰かを呼ぼうとしているのだろうか? そしてその目的は? 誰かの死体が埋まっていてそれを見つけて欲しいのか? それとも人を食べる化け物が居て罠を張っているのか? 怜里はトンネルに対する好奇心に駆られた。

 後日、怜里は再び同じ山にやって来た。もしものことを踏まえて、霊感の強い友人にも同行して貰っている。

 しかしその友人が、山に入ってから妙な行動を取り始めた。しきりに顔を動かしてあちこちを観察したと思うと、急に虚空に向かってペコリと頭を下げたりする。怜里は友人の奇行に不安を募らせ始めた。

 やがて件のトンネルの前に来ると、友人は「あーあー」と納得したように頷いた。その反応から危険はないのだろうかと思い、怜里がトンネルに入ろうとすると、友人は怜里の手を掴んでそれを阻んだ。怜里は堪らず、ここには何があるんだと尋ねる。やっぱり妖怪のような者が潜んで居るのか?

「この山には大きな霊道が通ってるんだよ」

 友人はそう答えた。

「生者と交わらないようになるべく藪の中を通っていて、最後は本道であるこのトンネルに辿り着くんだ。山の中を掘り進む形になっているのも生者に触れないようにするための工夫だね。あなたが撮った黒い影みたいなのは、霊が迷わずここに来れるようにするための案内人さんだよ。だからトンネルを指差してたんだ。ほら、今もそこで私達を見ているよ」

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