2024.03.12──館の主
家の裏山の頂上には寂れた洋館が一軒立っている。
曾祖父の時代に立てられたもので、周辺の土地を含めて代々受け継いできた遺産なのだが、父の代から館に住むものが居なくなり、清掃などを請け負ってくれていた老夫婦も二十年前に揃って他界したため、今ではすっかり荒れ放題の廃屋と化している。
先日、父が家業を長男に譲ることに伴い、三男である私がこの館と土地を受け継ぐことになった。それなりに広く地価も高いのだが、兄立ちは上二人とも都会に出ているため、地元に近い私の方が管理がし易いだろうという理由からだった。
館は解体しても構わないと父から言われたが、廃屋とはいえ造りは立派なものであり、山の上という立地条件も相まってそう易々と解体出来るものでもない。とにかく一度館の状態を確認しようと思い、久しぶりに裏山に足を運ぶことにした。
二十分ほど山道を歩いた後、私は館の前に辿り着いた。最後にここに来たのは三十年以上前のことだが、外見はあの頃とあまり変わらないように思えた。しかし、玄関の扉を開けるとすぐに残酷な月日の移り変わりを思い知ることになる。床は土汚れや木の葉、木の枝があちこちに散らばり、天井や柱には蜘蛛の巣まみれとなっている。荒れ放題という噂は真のようだ。
解体を行う前に掃除が必要だろうかと考えながら館を歩いていると、不意に、私の目の前を何かが横切った。突然のことで、それの正体をはっきりと特定出来なかった。
なんだかそれは、人の形をしているように思えた。途端、私は気味が悪くなってきた。亡くなった曾祖父達が今もここに住んでいるのか? それともあの優しかった老夫婦が死してもなお掃除に来ているのか? 私はこういうことを信じてしまう性質なのだ。
私は、先程の何かが進んでいった方向に恐る恐る足を伸ばした。そこは屋根裏部屋に続く階段があり、その階段に土で付けられた黒い足跡のようなものが続いていたものだから、私はあっと声を出した。これは解体業者を入れる前に、霊媒師を呼ぶ必要があるのだろうか。
もう帰ろうとも思ったが、私はどうしてもその足跡の正体を確かめたくなった。さらに慎重に、物音を消しながら、私は階段を登り、屋根裏部屋へと入っていった。
屋根裏の暗闇の中、私は確かに見た。ギラリと私を睨み付ける、無数の眼を。
館を受け継いで数ヵ月。私はまだここを解体せずにいる。代わりに一週間に一度は裏山を登り、館の様子を見ることにしている。
今日も二十分を歩いて山の頂上に辿り着くと、不意に館の近くの木がガサガサと揺れた。どうやら「住人」は外に出ているようだ。私は背負ってきたリュックから双眼鏡を取り出し、木の方を見る。
赤い顔をした毛むくじゃらの猿が、木の実を口に頬張っていた。一頭だけではなく、二頭、三頭と皆して木に登っている。
彼らが退去してくれない限りは、館の解体は大分先の話になりそうだ。
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