2024.03.09──薄い緑の服
クローゼットのスペースが大分圧迫されてきたため、古いものは捨ててしまおうと服の整理をしていると、薄い緑色のコートらしき服が出てきた。
いつその服を買ったのかは思い出せない。少なくとも最近ではないはずなのだが、その服は汚れも皺も無い下ろし立てのような状態で、薄緑色の生地が、まるで翡翠のように輝いて見えた。
私はクローゼットの整理作業を中断して、半ば衝動的にその服に袖を通してみた。私の家のクローゼットから発掘されたのだから当然といえば当然だが、その服は私の身体にフィットして、今まで着たどの服よりも着心地が良く、動きやすかった。
せっかくなので、私はその服を着て外に出掛けてみることにした。世の中は休日のため道は人で賑わっていたが、その隙間をスケートシューズで滑るように私は進んだ。本当に動きやすい服だ。まるで地上を飛んで進んでいるようだ。
飛ぶ。そうだ、この服なら、本当に空を飛ぶことが出来るんじゃないか。頭の中にそのような考えが浮かぶや否や、私は近くのビルのエレベーターに乗り込み、そのまま屋上まで上がった。屋上には私以外誰も居らず、悠々と縁の方まで進むことが出来た。
見上げると美しい青空が広がっている。ここからジャンプすればいい。そうすれば、この服は私を空に連れていってくれる。そう思い私は屋上の縁に足を掛け────
一瞬視界に映った眼下の景色を見て正気に戻った。私は必死に身体を仰け反らして、屋上の外側ではなく、内側に尻餅を付くことが出来た。途端に身体中から汗が吹き出た。私は叫びながら薄緑色の服を脱いで、屋上から投げ捨てた。
服が風に揺られて遠くに飛ばされても、私はしばらくそこを動くことが出来なかった。
箪笥の中身が随分と多くなり、着なくなったものを売りに出すため服の整理をしていると、薄い緑色のコートらしき服が出てきた。
いつから箪笥の中に入っていたのだろうか。俺はどうしても思い出すことが出来なかった。その服は新品のように綺麗で、薄緑色が殺風景な部屋の中でとても鮮やかに映えていた……。
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