2024.03.07──二人部屋
何個目かも分からない町の廃墟を歩いていた俺は、崩れた教会の跡地を見付けた。地獄の炎のような日光から逃れるように俺は教会の中に入り込む。建物はそれなりに屋根が残っていて、室内は暗く外よりも涼しかった。天井の隙間からわずかに入り込む光の線は、外の攻撃的な光と同一のものとは思えない程に美しく見える。
どこか腰掛ける場所はないかと辺りを見回すと、人一人がやっと入れる、電話ボックスくらいの小さな部屋のようなものを見付けた。部屋は二つが繋がっている形で、間を隙間の空いた板で区切られている。信仰に厚くない俺でも、それがどういう用途で使われているものかは知っていた。
俺は少し考えてから、その電話ボックスの片側に入った。そこの椅子に腰掛け、俺は仕切りの板の方を見つめる。分かってはいたが、反対側の部屋から何の物音も聴こえやしない。俺は苦笑しつつ、手を組みながら口を開いた。
そこからは、とにかく喋った。ここ数ヵ月まったく声を出していなかったので喉がズキズキと痛んだが、とにかく喋れることを喋れるだけ喋った。先の戦争で敵に敗北したこと。小隊長の立場であったにも関わらず部下を皆死なせたこと。自分一人は生き残ってしまったこと。新兵時代に同じ部屋の奴と訓練をサボったこと。ハイスクール時代に学校を抜け出して友人達と遊び回ったこと。幼少期に母親のクローゼットに虫を入れたこと。
全てを話し尽くした俺は、ひどく失望した思いだった。罪を告白すれば少しは気が紛れると思ったが、あまり効果はなかったようだ。随分長いことここに居たので、そろそろお暇するかと腰を上げた。
「大丈夫。神はすべてを御許しになりますよ」
俺は固まった。その声は。目の前の仕切りの向こうから聴こえた。そんな馬鹿な。ここは廃墟だった。今までどこを歩こうと誰にも会うことはなかった。ここだって。そんなまさか。俺は部屋を飛び出し反対側の部屋を見た。
ボロボロのカーテンが揺れ、俺の心臓も大きく脈打った。カーテンの向こうから、その狭い部屋の中にどう収納されていたのだろう、背が高い白髪の男が現れた。黒い服はボロボロで、肌も酷く荒れていたが、その目だけは、まるでガスで汚れていない田舎の青空のように澄んでいる。
気が付いたら、俺は涙を流していた。フラフラと倒れ込むように、その男に抱きついた。男は俺を拒絶せず、その大きな身体で優しく抱き返した。
その男もまた、涙を流していた。顔が見えていないのに、何故か俺にはそれが分かった。
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