2024.03.04──隙間の映画館
阿久代香資が終業後に駅に向かっていると、ビルとビルとの隙間の狭い路地に人の列が出来ているのに気付いた。
十数人程の短い列で、並んでいる人々の年齢、性別は様々だ。はて、こんな場所に並んで入るような場所があっただろうかと香資が前方を伺うと、そこには年季の入った古い建物があり、札の掛けられた鉄製のドアが見えた。人々はそのドアの前に並んでるらしい。
香資がさらに確認すると、ドアに掛けられている札にはこのように書かれていた。
『マカダミア映画館』
映画館、と確かに書かれている。この古い建物の中に、シアタールームがあるというのだろうか? 大きなスクリーンに、並んだ座席、映写機が置かれているのか? つまりここに居る人々は、映画を見るために並んでいるということになるのか。
香資は大きな好奇心に駆られた。どんな映画を放映するかの広告は置かれてなく、窓にはカーテンが引かれているため中の様子も確認できない。しかしこの小さな映画館に入れば、今まで体験してきたどの事柄よりも心を湧き立たせる出来事があるような、そんな予感を覚えた。
香資はあと一歩でその列の最後尾に並びそうになったが、前に居る男性の腕時計が目に入り、ハッと我に返った。もうすぐ駅に電車が来てしまうじゃないか。
後ろ髪を引かれる思いだったが、明日も早いという現実には勝てず、香資は映画館に背を向けて駅に歩き出した。またいずれここの通りを歩く時もある。その時に改めて、この列に並べばいいのだ、と自分に言い聞かせて。
しかしその後、香資があの不思議な映画館に入ることはなかった。どのビルの隙間を眺めてもあの古い建物を見付けることは出来ず、人々が並んでいる光景を見ることも二度と無かった。
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