2024.03.03──夜のクジラ

 二日三日分のゴミが溜まると、それを袋にまとめて夜に捨てに行く。夜に行くのはゴミを捨てる姿をあまり人目に晒したくないからだ。

 今日は日曜日の夜。プラゴミと燃えるゴミでパンパンになった袋を両手に持ち、ゴミ捨て場目指して団地の中を歩く。

 今日は実に天気の良い、爽やかな日だった。しかし私は、一日家に居たきりで何もやらなかった。本当に家の中に居て、何もやらなかった。普段の睡眠不足や不摂生が祟って、何事にもやる気が湧かなかったのだ。

 しかし夜の冷えた空気の中を歩くと、その日で一番頭が冴えてくる。だから私はこのゴミ捨ての時間が結構好きであるのだが、今日はその冴えた頭で終日の堕落を大いに悔いてしまっている。

 さすがに怠けすぎた。しかし、怠ける理由もある。常日頃の悩みや不安、ストレスが休みの日に抜け切らないのだ。何か、この靄の掛かった気持ちを吹き飛ばせることはないか、私は何の気なしに空を見上げた。団地の照明で僅かに照らされた黒い夜空に、大きな白雲が浮かんでいる。

 違う。

 あれは雲じゃない。

 私は目を凝らして今一度よく確認した。その白いものには大きな尾びれに口、そして小さな目のようなものが付いている。

 マッコウクジラだ。夜空にマッコウクジラが浮かんでいる。

 私がそう気付いた途端、そのクジラはゆっくり動き出したかと思うと、力強く尾びれを叩いて、夜空を泳ぎ始めた。クジラが空の向こうに消えてしまう。私は堪らず走り出した。途中で邪魔になったゴミ袋を放り出し、ゴミの臭いが付いた手を必死に振って走った。

 しかしクジラの泳ぐスピードは速く、一分も追いかけられぬまま、深海の様な夜の暗がりに潜り込んでしまった。後には黒い空だけが残り、私は団地の中を一人で立ち尽くしていた。

 やがて私は投げ捨てたプラゴミ燃えるゴミを拾い、それをゴミ捨て場に置いて家に帰って行った。

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