2024.03.02──二枚の切符

 券売機で切符を購入すると、見たこともない紫色の切符が出てきた。

 文字や模様等は通常の切符と変わりないようだが、全体の色合いが濃い紫色であり、さらには裏面の黒地の所は仄かに赤みを帯びていて、まるで時間が経って乾いた血の色のようだ。

 気味が悪く、買い直そうとも考えたが、時計を見ると間もなく終電が出てしまう時刻だということに気付き、私は慌ててその切符を使い改札を通った。切符一枚のために家に帰れなくなるのは御免だ。

 しかし、その選択は間違いだったことに、すぐに気付くこととなった。切符を入れて改札を通り抜けた途端、駅構内が停電にでもなったように暗くなり、さらには床一面、墨汁とも血液とも取れる得たいの知れない液体でびしょ濡れになった。

 あの切符を使ったために、訳の分からない世界に入り込んでしまったのか。混乱した私は、改札を逆に進んで切符売場方面に戻ったが、周囲の様子は何も変わらない。駅員に助けを求めようとするも、時間帯のせいか人っ子一人見当たらない。

 途方に暮れた私の目に、あるものが映り込んだ。横一列に並ぶ券売機、その一台だけが電源が落ちず、モニターが煌々と明るく輝いていた。

 私は券売機に走り寄り、画面を確認した。そこには、たった一種のみの切符を購入するためのボタンが表示されていた。私は逡巡しつつ、金を入れてその切符を購入した。

 全体の色合いが淡い水色で、裏面は黒地ではなく白地になっている奇妙な切符だった。

 私はその切符を、改札の投入口に差し込んだ。心臓の鼓動が身体を揺らす感覚がした。

 次の瞬間には、駅の構内は元通りとなっていた。電源は全て作動し、床には何の液体も散らばっていない。改札を見ると、いつもと変わらない普通の切符が取り出し口から顔を出していた。

 しかしその直後、私の耳に絶望の音色が響いた。

 終電列車の走り去っていく音が。

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