2024.02.25──蝉の死
昆虫ってズルいよな。
足元を無感情に見下ろしながら、棚谷小道が呟いた。
彼の視線を辿っていくと、真夏の太陽に熱せられたアスファルトの上に一匹の蝉の死骸が転がっていた。今もこの空間で止めどなく鳴き続ける蝉達と同じ種類か、どこかから飛んで来た別の蝉かは分からない。
「ズルいってなんだ?」
私がそう尋ねると、小道は木の枝を拾い、蝉の死骸をヒョイヒョイとつついた。
「こいつらの身体は固い外骨格によって包まれている。死んでも、腐敗して朽ちるのは中身の柔らかい部分だけで、外骨格は綺麗に残るんだ。身体の形が死んだ後もハッキリと残る……だが俺達は違う。外骨格を持たない俺達は死ねばいずれ全て腐り落ちる。人だった時の形は消えて無くなる」
「骨は残るじゃないか」
「そんな状態の人間に”個”なんてない」小道が吐き捨てるように言った。「人の個性は骨の外側にある肉によって形成される。その肉が無くなれば、外見的にもうその人間がこの世から消えたも同然だ」
同然も何も死んでるのだからこの世には居ないじゃないか、と言い返してやろうとして寸前でやめた。きっと何を言ってもどこかで知った知識をねじ曲げた屁理屈を返されるだけだ。
小道は何故こんな話をするのだろう。こいつとは友達同士だが、こいつの家については何も知らない。身内の誰かが亡くなったのか、行方不明なったのか、それともただの無駄話なのか。
蝉の声が絶え間なく響く。段々その音色が目の前に転がる死骸の為の、鎮魂歌にも思えてきた。
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