2024.02.16──蝋の爪

 爪部蝋化症に罹ってから一年。最初こそ軽い恐慌状態に陥っていた私だが、最近は落ち着きを取り戻しつつある。何分不治の病なのだ。いい加減長い付き合いに備えていかないといけない。

 例えば、私は爪先に常に糸を垂らしておくようにしている。爪全体が蝋になっているため、これを火で炙って少しだけ溶かし、溶けたところに糸を乗っけて、蝋が冷えて固まれば完成だ。こうしておけば、暗い場所で懐中電灯がなくとも爪先の糸に火を点ければ非常時の光源として活用できる。

 溶けた蝋そのものも重宝する。滑りの悪い引戸や窓枠に塗って使ったり、軽い怪我をした時に止血に使ったりも出来る。

 ただ、当たり前だが普通に生活する上でのデメリットも多い。特に、熱を扱う家事の全般が出来ないのが何とも痛い。キッチンのコンロは勿論、アイロンがけやドライヤーを使うのも困難だ。手袋をしていても熱は伝わり、私の爪はドロドロに溶けてしまう。

 今でこそ実家の両親の助けを借りて生活が出来ているが、二人の歳も考えると、上手い工夫を考えて一人で生きていけるようにしなければと思う。

 あるいは、こんな蝋爪をした女と一緒に暮らしてくれる同居人を見つけるかだ。そんな物好きが居るだろうか……居たら居たで、一緒に住むのがなんだが怖いが。

 とにかく一人で暮らすにしても同居人を探すにしても、蝋爪は日々の手入れや通院で何かとお金が消えていく。今は出来るだけ貯金を増やしておくのが先決だ。

 私は通勤のため、洗面所で爪の手入れをする。蝋が溶けて少し分厚くなった爪を削り、小さな彫刻を作る。爪が蝋になったことで生まれた数少ない楽しみの一つだ。

 これから、もっと楽しみが増えるだろうか。楽しみが増えた分だけ、苦労と出費が増えないことを祈る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る