2024.02.06──サザエシール
シール。波打ち際に、何種類ものシールがプカプカ浮かんでいる。
敏田実乃はその一枚を海水と共に掬い取って、水気を払いながら太陽に透かして見てみる。
そのシールには、全体がゴツゴツしていて渦巻き状の蓋が付いた巻き貝が描かれている。サザエだ。
実乃は再び海の方に顔をやり、水面に浮いている他のシールも確認する。ウニ、カニ、ヒトデにアメフラシ。どれもこれも磯で見かける生き物が描かれている。
近くにある水族館で売られているグッズを誰かが落としたのか、それとも何者かによるイタズラか、実乃は色々な仮説を考えながら、拾ったサザエのシールを何となく懐に仕舞った。
家に帰り着いた時はもう夜の10時になっていた。せっかく有給を取ったので思いきって遠方の海まで出掛けたのは失策だったかと実乃は苦笑する。
とりあえず晩飯をと考えた時、実乃はもう一つの失策に気付いた。今この家の冷蔵庫にはおかずになりそうな物が一切無いのであった。
途方に暮れながら無意識に服のポケットをまさぐると、手に何かが触れた。取り出すと、先ほど拾ったサザエのシールが出てきた。
このサザエが本物ならなぁと独り言を吐きつつ、実乃はシールを剥がして、木の机にペタリと貼り付けた。
そこである変化が起きた。机に貼り付けたシールが、グググッと盛り上がりはじめたのだ。
紙に描かれた平面のサザエが立体感を持ち始め、やがてゴツゴツの貝殻を背負いながら、軟体の身体をうねうねと動かし始めた。
シールからサザエが飛び出した、実乃は最初そう思ったが、よく観察してみると、サザエの身体も貝殻も、木目調の模様をしており、シールを貼った机の場所は、ポッコリと凹んでいる。どうやら、机の木を材料にし、身体を形作ったらしい。
木のサザエを食べるわけにはいかず、結局実乃はその日の晩を断食で過ごした。
サザエは今も実乃の家で暮らしている。餌も海水も与えていないが、特に変わり無くうねうねと動き回っている。
他の生き物の描かれたシールはどうなったのだろう。実乃は時々そう考えるが、その後同じ海の同じ波打ち際を歩いても、あのシールを見つけることは出来なかった。
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