2024.01.19──タオル行商
柊煙人がハンドメイドタオル売り歩きの旅に出て25年。つい先ほど1000枚目のタオルを客に渡し、在庫が尽きたところだ。
この地にしばらく腰を落ち着けて、新しいタオル製作でするかと煙人が考えていると、一人の幼い少女が店先に立った。
「タオルをください」
少女の言葉を聴いて煙人は己の額を叩いた。タオルが履けた後に、店仕舞いをするのを忘れていたのだ。
「ごめんよお嬢ちゃん、タオルはさっき売り切れてしまったんだ」
もう三日ほど待ってくれたら新しいタオルが出来るから、と煙人が続けようとしたら、少女が急にわんわんと泣き出した。煙人は慌てて彼女に駆け寄る。
「いま、必要なんです。いまじゃないとだめなんです」
泣きながら少女がそんな風に言うため、煙人は困り果ててしまった。自分をどこかへ連れていきたいそうで、ひとまず店を片付け、それに付いていくことにした。
少女が案内したのはトタンや薄いベニヤ板で作られた簡素な小屋だった。ここに住んでいるとのことだ。少女が中に入っていったため、煙人も遠慮なく上がり込んだ。
中には女性が一人居た。少女が自分の母親だと言う。煙人はその女性の顔を一目見るなり唸った。
「パジワ病か」
顔のパーツがめちゃくちゃになるという奇病で、女性は目、鼻こそは普通だが、本来口があるはずの場所が、巨大な一つの目に変異していた。
口が目に変わってしまっているため女性は話すことが出来ないが、身振り手振りで『口周りを覆い隠すための布が要るのです』ということを煙人に伝えた。
煙人はしばらく考え込んだ後、いつも背負っている古ぼけた大きなリュックを下ろし、中から一枚のタオルを取り出した。それは25年間ずっと肌身離さず持ち歩いてきたものだ。
そのタオルを見るなり、少女が「わぁ」と声を上げた。女性も三個の目で驚きを示している。それだけそのタオルは美しく、存在感を放つ逸品だった。
煙人はタオルを女性の顔に優しく巻いてあげた。女性は感謝を伝えお金を払おうとしたが、煙人はそれを辞退した。
「元々、処分に困っていたブツだったんです。貴女が使ってくれるならそいつも本望でしょう」
煙人はそれだけ告げてから、小屋を後にした。後ろの方で少女が煙人に向かって手を降っていた。
女性に渡したタオルは、煙人の師匠が作ったものであり、師匠の唯一の形見でもあった。
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