2024.01.03──蜜柑売りの三八

 丑三つ時の暗がりを、三八は蜜柑をたくさん積んだ荷車を引いて歩いている。

 三八の心中は不安で一杯だ。なにしろ、ここらはよく旅人が教われると、同業者の間でも有名な場所なのだ。

 さらにはこの時刻。盗賊はもちろん、物怪の類いが出てきてもおかしくはない。

 慎重に、かつ早足で荷車を引いていくと、三八は目の前に人影があることに気づいた。

 それは若い女のようであった。家柄が良いのか、上等の着物を身に纏っており、顔は暗くて分かりづらいが化粧も派手である。

「もし」

 女が三八に話し掛けた。

「私は喉が乾いております故、その蜜柑を一つ売ってはいただけないでしょうか」

 お代もこの通り払いますと言うと、女は着物の懐に手を入れ、

 素早い手付きで自動小銃を乱射した。

「っ!!」

 銃から放たれた弾丸は荷車に命中する。つまりそれは、弾が当たる寸前に三八の姿も蜜柑も消えたということだ。

「どこに行った!」

 女が声を荒らげる。すると、頭上からフッフッフッと笑い声が聴こえてきた。

「蜜柑を狙う盗賊が現れると聞きどんな奴がいると思えば、こんな素人の小娘とはのう」

 女が顔を上げると、近くの老木の上に、蜜柑の箱を抱えた三八が不敵な笑みを浮かべていた。

「さて娘よ、このまま逃げるか? それとも──」

 三八は蜜柑を抱えたまま、音もなく地面に降り立った。

「この【柑橘守の三八】より、蜜柑を買うてみるか?」

 女が銃を構える。三八は蜜柑を抱えたままだ。

 物音一つ立たない闇夜の中、戦いが始まる。

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