第47話 クリスマスパーティ
クリスマス当日、今日は中々に忙しい。
朝は早くから洋食屋Tanyに出向いて昨夜の片づけだ。
昨日のイブの夜は、姫乃と二人の時間を過ごしてから、片づけもそこそこに店を閉めて、雪の降る街を一緒に遠回りして歩いた。
だから今日の通常営業に間に合わせるため、朝のうちにごみ捨てやら店内の掃除やらを終えておく必要があるのだ。
店を貸してくれたマスターとおかみさんに感謝しながら、飾り付けを外して、せっせと作業を進めていく。
それが終ると、昼過ぎから姫乃の家へ。
クリスマスパーティは夜からだけど、買い出しや飾り付けなどの準備のため、早めに姫乃と合流する。
一条邸に辿り着いてインターホンを鳴らすと、中から彼女の声で応答があった。
「いらっしゃい。入って」
「ああ、ありがとう。今日は、ご両親はいないの?」
「うん。友達を呼びたいって言ったら、どっちも用事を作って出ていってくれたから。大人がいない方が、羽が伸ばせるでしょって」
「なんだか、気を使ってもらって、申し訳ないなあ」
「いいのよ。どっちも友達は多い方だと思うから、きっと困ってないわ」
それでも、一応、お邪魔しますと挨拶をして。
家に入って少しだけ雑談をしてから、
「さあ、何からやろうか?」
「えっと、その前にね、大事な話があるんだ」
「大事な話?」
「うん、実はね――」
姫乃はすうっと深呼吸をして。
いつになく神妙な面持ちで、俺の目をまっすぐ見つめながら、口を開いた。
「KIRATIAの事務所の方からね、連絡があったの。タレント登録をしとかないかって」
「タレント登録?」
「うん。すぐにって訳じゃないけど、何かお仕事があったりしたら、紹介してもらえるとからしいんだ。急に今朝、話があって……」
「え……それって、芸能界の仕事ができるかもってこと?」
「まだ分かんないけど、もしかしたらね」
急な話しで驚いたけれど、多分凄いことだ。
俺の中でも体が熱くなって、心が高揚していく。
「凄いじゃないか! それってもしかして、オーディションに出てたから?」
「うん。事務所の人が見ていてくれたみたい。それにKIRATIAの子達も、事務所の人に私のことを話してくれてたみたい」
「そっか……良かったな……ぐすっ」
「え……陣?」
「姫乃なら、いつかはって思ってけど、でもこんなに早く……良かったなあ……ぐすっ」
「ちょ……陣、泣かないでよ、もう……」
感極まって、思わずまた涙が出てきてしまった。
姫乃が眉尻を下げながら、鼻をすする俺の頭の上にそっと手をやる。
「ありがとう。でも、ちょっと迷ってるんだ」
「え、そうなのか?」
「うん。だって……もしそうなったら、私達、今みたいには会えなくなるかもよ?」
そうだな、確かに、そうかもしれない。
もし芸能デビューともなると忙しくなるだろうし、色んなしがらみも生まれてくるだろう。
少し前に、片野坂さんと野本さんの件で、そんな話をしたばかりだ。
「そうなっても、陣は平気?」
こちらをじっと見つめ、真剣な表情で。
平気かと訊かれると、応援したい半面寂しさもあって、複雑だ。
きっと野本さんも、こんな心情だったのだろうかと、思い返してみる。
でも――
「姫乃、これはサンタさんからの、ビッグプレゼントかもしれないよ。チャンスがあって興味もあるのなら、やらない手はないよ。そのために頑張ったんだろう? 俺は……そんな姫乃を、ずっと推すからさ」
今のところの精一杯の激励のつもりだったけれど、姫乃の表情は曇った。
「そうよね…… でも、私はそれだけだと、嫌なんだ……」
「姫乃……?」
「私は、陣と会えなくなるのは嫌。だって、せっかく、昔のことも分かって、仲良くなれたのに。私はもっと、陣と一緒にいたいの」
それは、多分俺も同じだ。
活躍する姫乃はもちろん応援するけれど、普通の高校生としての彼女とも、同じ時間を過ごしたいと思う。
けれど、それで姫乃の将来を変えてしまって、良いのだろうか……
「なあ、姫乃、努力してたことが、実を結ぶかもしれないんだ。これからどうなるか分からないけどさ、飛び込んでみて、また考えるのもありかもしれないぞ? 姫乃が嫌じゃなかったら俺、どんな所へだって、会いに行くからさ」
「陣……」
少しの間考えてから、姫乃は力強い口調で、言葉を発した。
「分かった、そうしてみる。でも、陣と会えなくなるのは嫌だから、そこはお話してみるよ。何か方法は、きっとあるよね?」
「ああ。いい方法、見つけよう」
迷いが晴れたのか、姫乃はいつもの穏やかな表情に戻った。
「それとさ、姫乃。葵から聞いたんだけど…… お前たまに体が動かなくなるって…… ダンスの時とかさ?」
「あ……うん、そう。事故の後から、時々ね」
「それってさ、これからは、大丈夫になっていくんじゃないか? うまく言えないけど、もう昔のもやもやは無くなったんだし。それにこれからは、俺がついてるから。ずっと姫乃のことを見てるし、何かあったら、また助けに行くからさ。だから、思いっきりやればいいんじゃないか?」
そんな言葉にも、彼女は柔らかな笑顔を浮かべながら、
「ありがとう、陣。うん、がんばってみるから、ずっと見ててね」
「ああ、約束だ」
蒼天の空のように、透き通った表情を見せる姫乃。
きっと大丈夫だ。
こんな表情ができる彼女なら。
それから二人で、まずは街に買い出しに出た。
「えっと、ケーキは予約してあるんだ。あとはチキンと、何がいいかな?」
「あの二人は、何か好物とかないの?」
「そーだなあ。純菜は甘いもの、葵は肉系かな。でも、野菜も食べないとだよね」
「分かった。じゃあ、適当に見繕うよ」
姫乃がケーキの回収に行っている間に、チキンや甘いお菓子やローストビーフに野菜など、それに飲み物を仕入れる。
両手いっぱいの荷物を抱えて家に戻り、次は部屋の飾り付けだ。
百均で仕入れたパーティグッズを部屋中に散りばめると、華やかなパーティ会場に早変わりした。
太陽が西に傾いた頃、純菜と葵が一緒に顔を見せた。
「メリークリスマスー!!」
「よう、メリクリ!」
「二人とも、メリークリスマス!」
三人娘がそろって、静かだった家の中が笑い声に包まれる。
「これ、差し入れ! 生サーモンとお菓子!」
「こっちは、生ハムとチーズだ」
恐らく、四人では食べ切れない程の量の食材が勢ぞろいした。
「せっかくだから、サーモンは半分刺身で、後はさっと焼いちゃおうか?」
「うん、お願い」
みんなで手分けをして皿の上に料理を盛り付けて、リビングへ集合。
ジュースを片手に、
「じゃあみんなあ、メリークリスマス、乾杯~!」
「「「かんぱ~い!」」」
空に星が瞬いて、一条家の屋根の下では、時間を忘れて会話に花が咲く。
「そう言えば葵、空手大会凄かったね」
「そうそう、都内で個人準優勝って、凄いよ!」
「まあな。でも次は優勝して、全国大会を狙うからな」
「あ、そうだみんな、私からも、ちょっとニュースがあってさ」
「え、なになに、姫乃お~?」
もうじき今年も終わる。
新しい年が、みんなにとっていい年でありますように。
できれば、いや絶対これからも、姫乃とずっと一緒にいられますように。
推しとして。
そして、できたら――
◇◇◇
作者より
これまで拙作をお読み頂きまして、誠にありがとうございました。
本作はこれにて一旦、一つの区切りとさせて頂ければと思います。
この話を書こうと思いましたきっかけは、実際にあったオーディションプログラムを目にしたことです。
夢をつかんで喜ぶ子達の傍らに、スポットが当てられずに俯いている子達もおられました。
結果は伴わなくても、同じように、またはそれ以上に、想いを持って努力を重ねたはず。
またその陰には、推し続けた多くの方々がおられたことでしょう。
そんな方々全員に、僭越ながらエールをお送りしたいと思います。
夢を叶えた方は、これからもっと飛翔されますように。
そうでない方は、いつかきっと、その夢が目の前に見えてきて、あなたに寄りそいますように。
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