第34話 姫乃の回想
だめだった。
せいいっぱいできることはやったつもりだったけれど、努力はみんな当たり前のようにしているんだ。
オーディションの最終日、最終合格者として名前が呼ばれた友達を遠くから眺めながら、つい涙がこぼれた。
元々は、純菜が私に無断で勝手に、このオーディションに申し込んだこと。
確かに小さい頃から、人前で歌ったり踊ったりすることには、興味はあったのだけれど。
運営の人に迷惑が掛かるとよくないと思って、迷いながらも面接に臨んだら、参加することになってしまって。
心の準備もないまま、レッスンや課題に向き合って、みんなと一緒に話しをしていく間に、どんどん自分が惹きこまれていくのを感じた。
運よく合格者として残っていくにつれていつしか、自分も最終合格したいと思うようになっていた。
でも、周りのみんなはすごかった。
すごく綺麗だし、歌も踊りも敵わないし、私なんかよりも強い想いをもって参加している人ばかり。
だから、この結果は仕方がない。
そう思って納得しようとしたけれど、あとちょっとで憧れに手が届いていたのだと思うと、つい泣けてきてしまって。
そんなことがあった翌日は、学校に行く気にはなれなかった。
応援してくれたみんなに、なんだか申し訳なくて。
その次の日は学校に行って、できるだけ頑張って普通に振るまおうとしたけれど、優しい言葉を掛けてくれるみんなの顔を見ていると、かえって心が痛かった。
放課後、なんとなく一人で歩きたくなって、普段は行かない駅で、電車を降りてみた。
買い物をするために入ったコンビニで、オーディションのことを話している女の子達がいた。
「私、11位の子の推しだったから、良かったよ」
「ぎりぎりだけど、良かったね」
そんな話を耳にして、知らない間に涙がこぼれていた。
みんな友達だし、合格した子には、素直におめでとうと言いたい。
けれど、私だって、もうちょっとでその中にいたんだ。
悔しさ? 情けなさ? 嫉妬?
よく分からないけど、涙が止まらない。
いてもたってもいられず、気持ちを落ちつけようと、外に出た。
そしたら、変な奴らが近づいてきて。
「……ねえ、どっかいこうよお?」
「なんで泣いてるのさ? 俺達が、慰めてあげるからさあ」
下心が見え見えだ。
こんな時に、こんな奴らが……
なんだか情けなくなって、余計に泣けてくる。
そうすると、
「よ、姫乃。こんなとこで何してんだ?」
全然聞き覚えのない声だったけれど、声の主には見覚えがあった。
確か、同じクラスの畑中君。
全然目立ってなくて、運動音痴。
そんな彼が、「こいつの彼氏だけど」って言った時は、正直むかついた。
私の最初の彼が、あなたな訳ないでしょ?
でも彼は変な奴らを追い払ってくれて、ご飯に行こうかって言ってくる。
一瞬、こいつもあいつらと一緒かよ、とも思ったけれど、でっもなんだかちょっと違った感がして。
悪い人には見えない。
まあ、乗ってやろうじゃないの。
そんな軽い感じでついて行った洋食屋で、彼はバイトをしているのだという。
彼の作ってくれたお料理は美味しかったし、お店の中も楽しかった。
有名なサッカー選手までいるなんて、全く予想外。
何だか彼も、昔はサッカーをやっていたよう。
あんな音頭音痴が?
全然イメージが湧かない。
けれど、そんなことがあって、何だか心軽くなった。
彼、私のために泣いてくれて、私を推してくれるって。
変なやつだけど、やっぱり悪い人ではなさそうだし、話しやすそう。
ちょっと相手してみようかな、最初はそんな感じだったと思う。
林間学校や映画の話をお願いしても、私が推しってことで、彼は断らない。
自分ってものがないの? とも思うけれど、でも何だか心地いいし、安心できて。
お互いに好きなものが同じとかも分かったし。
でも、意外だったなあ、彼に昔、あんなに綺麗な彼女がいたなんて。
大人しそうに見えても、やっぱり男の子は、一緒なんだね。
目の前でいきなり彼女が告白したのには、本当に驚いた。
彼女の方は、まだ彼のことが……
なぜだろう、胸がざわついて、面白くない。
私は彼の友達で、そんな彼の推し、オーディションに出ていた一条姫乃。
それだけの関係なのだから、別に気にしなくてもいいのに。
お前が推しって言ってくれてる子が、他の子の方を向くのが、嫌なのかな?
でも私、まだデビューも何もしていないんだし、彼を縛る理由なんてないよね。
なのに、何だろう、これ……?
ふん、私っていう推しがいながら。
つい、そんなことも口ばしってしまっていた。
そうだ、ちょっとだけ優しくしてあげたら、もっとこっちを見てくれるかな?
いつもお昼はコンビニご飯だから、お弁当でも作ってみたらどうかな。
そうしてみると、どうやら、喜んでくれたみたい。
でも、甘やかしすぎてもだめよね、こういうのは。
文化祭の実行委員に勉強に、彼がいると、何故だか楽しい。
陣、姫乃って呼び合うのが、何だか嬉しくて。
夜に眠っていて、たまに夢を見ることがある。
雨が降っていて、私は赤い傘をさして。
交差点で信号が青になって、そのまま横断歩道に足を踏み出すと、横から大きな機械音が聞こえた。
そちらを向くと、そこには大きなトラックがいて、こっちに向かってくる。
――あ、だめだ。
そう思って目を瞑ると、ふわっと体が浮いた感じがして、気づくとアスファルトの上で、誰かに抱きかかえられていた。
トラックは横倒しになっていて、路面にはゆっくりと、赤いものが広がっていって――
いつも、そこで目が覚める。
実は、これは昔、本当にあったことなんだ。
私は、軽い怪我だけで、無事だった。
顔も分からないあの人は、私を助けてくれたのだろうか。
怪我の具合は、大丈夫だったんだろうか。
もしそうなら、一度会って、御礼とお詫びが言いたい。
でも結局、その人とは会えなかった。
同じ病院にもいなかったし、どこに行ったのかも、分からなかった。
そんなことがあってから、たまに体が動かなくなることがある。
特に、激しい運動をしてる時とかに。
事故のトラウマなのかな。
今こうして無事にいられるだけで、感謝しないといけないのだけれど。
林間学校で川に落ちて彼に助けてもらった時、そんな昔のことを想い出してしまった。
だから彼に、「私達って、高校で初めて会ったのよね?」なんて、変なことを訊いてしまった。
全然別の人のはずなのに。
麗華さん、綺麗だな。
彼は彼女のこと、どう思ってるんだろ。
夏祭りの花火、一緒に見たかったけど、彼はきっと彼女と一緒に見たんだね。
面白くない。
これって、やきもちなのかな?
まさかな、なんで彼のことで、やきもちなんか焼く必要があるの?
でもできたら、彼女とは会って欲しくないし、ずっと私を推しと思っていて欲しい。
私の友達のことで夜遅くに呼び出しても、彼は嫌な顔一つしないで飛んで来てくれて。
おまけに友達とその彼を仲直りさせてしまった。
普段は頼りないくせに、ほんと、不思議な人。
でも、感謝だね。
私を慰めてくれて、ありがとう。
美味しいお料理を作ってくれて、ありがとう。
色々教えてくれて、ありがとう。
一緒にすごしてくれて、ありがとう。
助けてもらってばっかりで申し訳ないけど、でもなんだか、一緒にいると、安心できてしまうんだ。
だからこれからも、一緒にいてあげる。
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