第24話 夏休み
今日は一学期の最終日、明日から夏休みだ。
学生最大の憩いのイベントが間近にあるということもあって、クラスの面々は喜色を帯びている。
期末試験の結果は既に返ってきていて、一番心配していた純菜もからくも赤点は回避できていて、晴れてバケーション突入である。
感謝の気持ちのためか、純菜は姫乃、葵とハグをしていて、その際に俺にも両手を広げて近寄ってきたが、それは姫乃に襟首をつかまれて制された。
林間学校への参加希望者は、明日から一泊二日での山岳イベントが待っている。
結局、八割ほどの生徒が申し込んだらしく、かなり大がかりなイベントになる。
「明日から、よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします……」
木原と榎本が、女子三人組に向かって、軽く頭を下げる。
「よろしくう! って、何緊張してんのよ、君達?」
「よろしくな、二人とも」
「ま、楽しもうね、みんな!?」
明日から二日間、同じ班として行動を共にする女子三人組と、木原、榎本が、挨拶を交わしているのだ。
普段はあまり接点がない同士なので、男子二人は緊張気味だが、女子の方はいたって普通だ。
クラスで上から数えて三人に入る美少女達と、普段全く、目立たない平均男子三人の組み合わせは奇異に見えたようで、周りからやっかみや嘲笑もあった。
それもあって、木原と榎本は、恐縮しているのである。
空手女子の葵は部活に顔を出しに行ったので、いつものように姫乃、純菜と一緒に帰ることに。
「やっぱ倉本選手、恰好よかったああ……」
「あんた、またそれ言う?」
「だって、近くで見ると、やっぱ違うもん」
純菜は夢見る少女の眼差しを宙に向け、しみじみと語る。
サッカー観戦があった次の週、俺のバイトが入っていた日に倉本さんが店にやって来た。
それに合わせて、純菜が姫乃を伴って、店に乱入して来ていたのだ。
「サ、サインお願いしますう……」
「君、可愛いね。名前は?」
「じ、純菜ですう。純粋の純に、菜っ葉の菜で」
「純菜さんへ……と。はい」
「ありがとうございます!」
二人の相手は倉本さんに任せて俺はほぼ厨房やカウンターにいたが、倉本さんの帰り際に、俺の方から声を掛けた。
「倉本さん、ちょっとお話があるんすけど」
「ああ、なんだ?」
二人だけで店の外に出て、俺は切り出した。
「この前、麗華と会いました」
「……そうか。それで?」
「またやり直さないかって言われてまして」
「やるねえ、色男君。これで今年の夏は、青春できそうか?」
「いえ。大した返事はしてません。考えとくよって言って。だからまた、そっちにも相談があるかもしれません」
「全く、お前は昔から真面目だねえ。飛び込んじまえば、いいこともあるかもだぞ?」
「まあ、それはそうなんですけど……」
俺よりも遥かに恋愛達人のこの人の真似はできない。
でも、言葉は軽い感じだけれど、今は決まった彼女さんもいるようで、見た目よりは真面目な人だ。
だから、俺も麗華も、昔から色々と相談ができるのだ。
「お前は、あの姫乃ちゃんって子の方がいいのか?」
「よく分かりません。姫乃は友達で、俺が勝手に推しって言ってるだけですから」
「そうか。まあ俺は他人の恋愛には不可侵だし、あれこれ言うつもりはないけどさ。お前の好きにすればいいよ。けどな……」
「はい?」
「俺は麗華の知り合いでもあるから念のためなんだが、彼女は彼女で真剣なようだ。だから少しだけでも、彼女とも話をしてやってくれないか?」
「……分かりました」
「あと良かったら、たまにはチームに顔を出してくれ。峰岸さんも、お前の事は心配してるからな」
「はい」
そんなやり取りがあったので、それから俺としても、考えることが多くなった。
姫乃とのこと、麗華とのこと。
昔のように麗華と一緒にというのも、あり得なくはない。
けれど、どうしても姫乃のことが、頭を離れない。
姫乃の推しをしながら、麗華と付き合う?
-- それをもし姫乃が知ったら、どう思うだろうか?
大丈夫よと笑ってくれるのか、それとも--
「どしたの陣、ぼーっとしちゃって?」
「あ、いや、何でもないよ」
歩きながら、姫乃に突っこまれて。
考えても、今は答えは出てこない。
いつものように、電車の中で純菜と別れてから、姫乃と二人になった。
「陣、このあとって空いてるの?」
「うん、特に何もないけど」
「じゃあ、ちょっと付き合いなさいよ」
「何か用事?」
「別に用事じゃないけどさ。最近あんま、二人で話してないじゃん?」
「そっか、そう言えばそうだな。良かったら、家に来る?」
「え……っ」
一瞬姫乃が固まったが、すぐにいつもの笑顔に戻って、
「ありがとう。今日はやめとくよ、明日の準備もあるから。でも、夏休み中にはお邪魔するかも」
「ああ、分かったよ」
姫乃がいつも乗り降りする駅で一緒に降りて、近くの喫茶店で2時間ほど他愛のない雑談をして、また明日ねと言って別れた。
◇◇◇
その翌朝は、いつもよりも早起きした。
学校に集合してバスに乗り込むのだが、その集合時間がいつもよりも早いのだ。
必要なものの荷造りは昨夜済ませていたので、あとは着替えと腹ごしらえくらいだ。
キッチンでフライパンを握っていると、
「おはよう、陣」
「あ、母さんお早う」
一般的には今日は平日なので、母さんは出勤の日だ。
「ハムエッグ作るけど、食べる?」
「うん、ありがとう。頂くわ」
二人分のハムエッグを別々の皿の上に置いて、テーブルの上に並べた。
バターが香しいトーストを半熟の玉子に浸しながら、
「なあ、母さん」
「ん?」
「夏休みに、姫乃が家に来るかもしれないんだ」
そんな話題に母さんは全然表情を変えず、
「好きになさいな。友達を家に呼ぶのは普通だし。でも陣?」
「はい」
「本当に普通の友達なの、姫乃ちゃん?」
「……そうだよ」
「まあいいわよ、じゃあ母さんがいない間、家のことはよろしくね?」
「うん、分かった」
そんな話をしてから、今朝は俺の方が先に家を出た。
学校に着くと、校庭に何台ものバスが泊っていて、その周りに大勢の私服姿が見えた。
「あ、陣、こっちだよお~!!」
突き抜けるような純菜の声が聞こえてそちらに向かうと、既に姫乃や葵もそろっていた。
「おはよ、陣」
「うん、おはよう」
姫乃の足先には、一緒に買ったトレッキングシューズが見えた。
俺も同じで、お揃いの状態。
今日初めて履いてみたけれど、履き心地はなかなかいい。
「ねえ、バスの席ってどうするう?」
「基本、自由席らしいな」
バスの中の席は早いもの勝ちのようだ。
これから何時間かはその中で揺られるので、結構大事な選択になる。
バスの座席は二列で並んでいて、この四人組の中で男子は俺一人なので、どうしても男女の組み合わせができてしまう。
木原や榎本と一緒でも、誰か一人はあぶれてしまう。
なので、
「じゃあ俺、窓際に行くから」
「うん、よろしくね」
結局、通路を挟んで、右に純菜と葵、左に姫乃と俺で、一列に並んで座ることになった。
別に一人で座っても良かったのだけれど、まかり間違って先生にでも横に座られると地獄のような環境になるにで、この方がいい。
男女並んで座っているのはここだけなので、周りの視線も集まって、かなり緊張はしてしまうけれど。
乗降口のドアが閉まって、担任の先生が点呼を取ってから、バスはゆっくりと目的地に向かって動き出した。
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