第25話 林間学校

 晴嵐学園高等学校一年生ご一行はバスを連ねて、市街地から高速道路に入り、一路目的地を目指す。


「どんな予定になってたかなあ」


 旅のしおりを開きながら、姫乃が目を輝かせる。


「今日は散策があって、自炊とキャンプファイアーみたいね。明日は写生と自由行動かあ」

「自炊って、カレー作るんだっけ?」

「そうね。でもうちは、陣がいるから余裕じゃない?」

「姫乃だって料理してるから、余裕だろ?」

「まあそうだけどさ。ぱっと作っちゃって、あとはのんびりしようよ」

「もしかして姫乃、山の中好きなのか?」

「好きっていうか、なんか癒されそうな感じ? 普段とは違うからさ」


「姫乃お、お菓子食べよお!」


 今日も元気がいい純菜が、チョコクッキーの袋を手にかける。


「そうしよっか。私も持ってきたし」


 そう言いながら、姫乃も持参したリュックから、おせんべいを取り出した。


「二人とも、あんまり食べ過ぎると、昼ご飯が腹に入らないぞ」


 と冷静な葵に、


「またまた葵ちゃん、そんなつれないこと言ってえ。はい、あーん」

「お、おい……」

「口開けな。でないとおっぱい……」

「わーった、わーったから!」


 いつも大人と子供がじゃれ合うような光景だが、なぜか決まって、葵の方が純菜に押され気味だ。


「陣も食べる?」

「ありがとう、もらおうかな。姫乃が醤油せんべいが好きだったとは」

「これって健康に良さげだし、お腹にも貯まるのよ」


 姫乃からクッキーとおせんべいを手渡されて、持参した缶コーヒーと一緒に口にする。


 バスの座席はそれほど広くはないので、俺と姫乃とはほぼ密着状態で、少し体を動かすと衣服が触れ合う距離だ。

 通路を挟んで向こう側の二人と喋っていても、時折肩や腰が触れてきて、そのたびにドキリとしてしまい、どうしても意識してしまって落ち着かない。

 当の姫乃はそんなことを気にする風もなく、周りとお喋りをしている。

 気を紛らわせるために外を見ていると、


「どうしたの、大人しいね?」

「外を見てるんだよ。これから山登りかもだから、体力も温存中かな」

「なにじじ臭いこと言ってんのよ。わ、あの山綺麗!」


 姫乃が身を乗り出して窓に顔を近付けると、それがすぐ目の前にあって、つい体をのけ反らせて緊張してしまう。

 気のせいか、首筋の辺りから甘い香りも漂ってきて、何だか意識が遠くなる。


「そう言えば陣、これおそろいね」

「あ、そうだね」


 一緒に買ったトレッキングシューズをピンと前に突き出して、笑顔を覗かせる。


「ねえ、推しの子とおソロって、嬉しい?」

「え、いや、その……」

「違うの? 可愛げがないなあ……」

「あ、嬉しいよ、すっごく、うん!」

「……このお!」


 悪ふざけ気味に、人差し指で俺の胸元を突いてくる。

 なんだかその場所だけ、やんわりとした感触が、その後もしばらく残った。


 窓の外にはだんだんと山の景色が広がり、バスは右に左に、坂道を昇っていく。

 空は青く澄んで、空気が綺麗なせいか、遠くの山間まで見渡せる。


 やがてバスは、五階建てほどの建物の前の広場で、動きを止めた。

 今日の夜は、みんなでここに泊まるらしい。


「ここで昼食をとってから、部屋割り通りに移動してもらう。それから散策に出てもらうからな」


 担任からそうお達しがあって、大きな食堂で全員で昼食を取ってから、部屋の方に移動した。

 俺は木原、榎本と同じ部屋で、他に二人がいて、全部で5人の部屋だ。


 そこで最小限の荷物以外は置いて、再び建物の前に集合した。


「じゃあ班ごとにキャンプ場まで移動して、そこで自炊してもらうからな」


 案内板にもある遊歩道をぐるっと一周してきて、近くのキャンプ場まで戻ってくるのだ。

 普通に歩いて二時間ほどかかるらしく、山の中とはいえ炎天下、かなり体力を使いそうだ。


「じゃあ、行こっかあ?」


 純菜を先頭に、俺たちの班六人も歩き出した。

 木原と榎本が一番後ろから、控えめについてくる。


「なあお前等、もうちょっと喋った方が、楽しくないか?」

「そ、そうは言ってもだな、何を喋ったらいいか……」

「一番前の子はアニメ好きらしいから、話が合うかもしれないぞ?」

「そ、そうか?」


 歩きながら二人はちょっとずつ前の方に位置取りを進めていって、ぎこちないながらも会話を始めた。

 今でこそこうして平然としているが、俺だって少し前までは、この二人とあまり変わらない境遇だったのだ。


 しかし打ち解けるのは意外と早かったようで、


「木原君、やっぱり最強は、聖魔法だよ。やっぱり神の恩寵があって、人々を癒せるからなあ!」

「いや、黒魔法こそ最強だ。創造の前には破壊ありだし、力なき正義は無に等しいのだ」

「やっぱ魔法剣がいいんじゃないかなあ。物理攻撃と魔法攻撃の両方があるので、バランスがいいよね」

「……おい、さっきからお前らが喋っていること、全く理解ができないのだが……」


 どうやら、どんな能力が冒険に役立つのかについて、議論に花が咲いているようだが、その話に疎い葵には、理解ができないらしい。


 俺と姫乃はその後ろを並んで歩いている。


 周りは緑の小枝に覆われていて、その隙間から陽光が降り注ぐ。

 空気は美味しく、街の中ほどの暑さは感じないが、アップダウンのある舗装されていない山道を歩くと、額に汗が滲んでくる。


「痛た……っ」


 小声でそう呟いて、姫乃が歩みを止めた。


「どした?」

「ちょっと、足が痛くて……」


 一旦その場に座らせて靴と靴下を脱がせると、かかとの部分の皮がめくれて、うっすらと血が滲んでいた。


「靴ズレだな」

「履き慣れてない靴だったからな……」

「大丈夫、姫乃お?」


 みんなが心配げに集まってくる。


「とりま、絆創膏でも貼っとこうか」

「え、そんなの持ってるの?」

「うん、念のためね」


 昔から新しいシューズとかを買った後によく経験してたので、念のための用意していたのだ。

 小型の肩掛け鞄から絆創膏を取り出して、傷口の上に置こうとすると、姫乃が頬を赤らめて、足を引っ込めようとする。


「おい、動いたら貼れないだろ」

「ちょ……陣、自分で……」

「いいから、動くなって」


 足首の上あたりに手を置いて押さえてから、そっと絆創膏を貼り付けた。


「痛たた……」

「ごめんよ、そっとやるから」


 貼り付けた絆創膏の上を軽く指で撫でて、しっかりと傷口にフィットするようにした。 


「あ、ありがとう……」

「ん」


 応急措置をしてみたけれど、靴を履いて歩くとまだ痛そうだ。


「肩を貸そうか?」

「え、いいの……?」

「ああ、もちろん」


 姫乃の片手を自分の首の後ろに回して、彼女の体重を幾分か支えながら、ゆっくりと歩きだした。


「なあみんな、頼みがあるんだけど」

「……先に行ってようか、陣?」

「ああ、頼むよ」


 物わかりのいい葵には、俺の意図がすぐに伝わったらしい。


 キャンプ場についた後は、自炊やら何やらの準備が待っている。

 全員で遅れて行くよりも、誰かが先に行っておいた方が、多分都合がいいのだ。


 姫乃は申し訳なさそうに、


「ごめんね、みんな」

「いいって。後からゆっくり来いよ」

「じゃあ後でね、姫乃!」


 他のみんなは俺と姫乃を残して、先へと進んで行った。


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