第10話 甲子園に行くぞ!!
私がどれみふぁ荘に来て、アレから数か月たちました。私もすっかりここにも慣れました。と思っていたけど、実は、まだ、全然慣れません。
毎日が、初めてのことだらけで、住人たちに振り回されてばかりです。
六つ子たちの名前あてゲームをしているけど、いまだに、一度も当たりません。
その度に、バカにされて悔しいけど、全員が同じ顔だから、わかるわけがない。
チェリーさんの怪しい実験に付き合わされて、髪の毛をチリチリにされたこともありました。
その時は、ムツミちゃんの魔法で元に戻れたけど、もう、二度と実験台なんかにはなりません。
ムツミちゃんとは、その後も、何度かほうきで空を飛んだこともあります。
だけど、やっぱり、怖いもんは怖い。第一、人間が空を飛ぶなんてことは絶対にない。空飛ぶほうきに慣れることなんてないと思います。
そして、死神さんです。アレからも、ときどき仕事先の昼休みに食堂で会いました。その度に、ランチをたかられる始末です。何度も断っているのに、誤魔化されて、私が払う羽目になる。
困ったもんです。死神さんと食事は、したくないと思っても、なぜか、会ってしまう。
そして、夏がやってきました。住人の中でも、ひろみくんが一番張り切っています。それは、甲子園で優勝するという夢があるからです。
地区予選は、もちろん、これまで全勝です。このままいけば、県代表として、初めての甲子園も夢ではない。
毎日練習して、ウチに帰っても、自主トレして、ホントにがんばっています。
だけど、ひろみちゃんの体は、大丈夫なのか心配になります。
食事の時は、ひろみちゃんなので、聞いてみました。
「ねぇ、毎日、練習とか試合もあって、大変だけど、体の方は大丈夫なの?」
「全然、大丈夫じゃないわよ。あたしは、女の子なのに、男子に混じって、きつい練習させられてもう、野球なんて大っ嫌い」
「そりゃ、そうよね」
私は、ひろみちゃんに同情しました。ひろみくんはいいけど、ひろみちゃんの体は、女の子なのです。
きつい練習が続けば、疲れるのも当たり前です。
「少しは、休んだら?」
「それが、ウチの野球部は、お兄ちゃんがいないと負けるから」
「そうなんだ・・・」
「だから、お兄ちゃんは、試合も練習も休めないのよ」
「大変そうだねぇ」
「でもさ、それも、今年で終わりだから。もう少しの我慢だもん。お兄ちゃんに付き合ってあげることにしたの」
ひろみちゃんは、ホントに兄思いのいい子だ。この気持ちを、ひろみくんは、わかっているのだろうか?
「もし、ホントに、甲子園で優勝したら、お兄さんはどうなるの?」
「それ、前にも聞いたよね。あたしも、ホントのところはわからないの。でも、きっと、あたしの体から消えるわ」
「消えちゃうの?」
「多分ね。前に、死神さんが言ってたから、きっと、ホントだと思うわ」
そんな悲しい話をにこやかに言うひろみちゃんが、愛おしくなりました。
実のお兄さんが消えちゃうのに、私だったら、悲しくてやりきれない。
「何とかならないの?」
「できないと思うわ。だって、それが、死神さんとの契約だから」
「もう一度、死神さんと相談してみたら?」
「無駄よ。お兄ちゃんも、そのつもりで、がんばってるんだもん。いまさら、相談するだけ無駄よ」
「でも、ひろみちゃんは、それでいいの?」
「うん。お兄ちゃんと、これまで何度も話し合って決めたことだから。消えるときも泣いたりしないわ。お兄ちゃんにとっては、あたしを一人残してあの世に行くのは、悔いが残ると思うけど、あたしは、一人で生きていくって決めたから、今更、ジタバタしないわ」
なんて強い女の子なんだろう・・・ 私だったら、きっと、耐えられない。
「だからさ、二葉さんも、お兄ちゃんを応援して」
「決まってるじゃない。応援するわ。だから、甲子園に行ってね」
「その時は、見に来てね」
「もちろんよ。絶対に行くわ」
すると、いきなり、ひろみくんが出てきた。
『ダメダメ、来るなら、決勝戦にしてくれ』
「ひ、ひろみくん?」
『前にも言っただろ。二葉ちゃんには、俺が優勝するところを見てほしいんだ。だから、一回戦とか、準決勝とかじゃなくて決勝戦にしてほしいんだよ』
「でも、その間に、もし、負けちゃったら・・・」
『負けないよ。俺、絶対、負けないから。だって、負けたら悔いが残るじゃん。だから、負けない』
「ひろみくん・・・」
『心配すんなって。負けないから。約束だぜ。見に来るなら、決勝戦だぜ』
「わかった。約束する。だから、絶対、負けないでね」
『任せとけ』
そう言って、ひろみくんは、明るい笑顔で私と指切りの約束をした。
実際、ひろみくんの学校は、ホントに地区予選を勝ち上がって、県の代表として、甲子園に初出場した。
その日の夜は、どれみふぁ荘では、ひろみくんのための壮行会が派手に行われた。
賄のカン子さんが、ひろみくんの好きなものをたくさん作ってくれた。
みんなからお守りももらった。でも、死神さんからお守りをもらって大丈夫なのか心配になった。むしろ、縁起が悪いんじゃないかと思った。
その後の組み合わせ抽選会では、初日の一回戦からの出場だった。
順当に勝ち上がって行けば、準々決勝くらいで、去年の優勝校と対戦する。
ここが一番の強豪校で、ライバルだった。
私は、仕事中も、店長にお願いして、ひろみくんが出る試合は、ラジオで聞かせてもらったりもした。
開会式の入場行進は、録画して何度も見た。だけど、学校の旗を持って、先頭で入場するひろみくんを見ると、自然と涙がこぼれた。ひろみくんのことを思うと、いたたまれなかった。
選手宣誓するひろみくんの声を聞くと、私は、涙が止まらなかった。
「二葉お姉ちゃん、そのビデオ、何回見てんの?」
「いいじゃない、何回見たって」
私は、その度に六つ子たちにからかわれます。
「よく、毎回、泣けるよな」
「だって、ひろみくん、カッコいいじゃない」
「そうだけどさ、そんなに何度も見なくてもいいんじゃないの」
「いいでしょ。私の勝手よ」
そう言いながら、私は、ほぼエンドレスで、ひろみくんを見続けた。
その後、帝丹高校は、一回戦、二回戦は、無難に勝ち上がった。
次の相手は、優勝候補の学校だった。まずは、ここに勝つことです。
試合時間は、夕方からだったので、仕事を終えると、急いで帰宅して、テレビの前に座りました。
もちろん、ピッチャーは、ひろみくんです。マウンド上のひろみくんは、光り輝いていました。
「がんばって、ひろみくん」
私は、祈るような気持ちで見ていました。
「う~ン、ちょっと、球威がないですね。疲れているんですね」
私の後ろから、声がするので振り向くと、そこに死神さんがいました。
「ちょっと、何を言ってるんですか。ひろみくんを応援してくださいよ」
「もちろん、応援してますよ。だけど、ここまで、予選も含めて、ずっと一人で投げてるんですよ。疲れているに決まってるでしょ」
死神さんの言葉には、一理あります。確かにそうかもしれません。
「それに、体はひろみちゃんなんだからね。体力的にも、きついんじゃないかねぇ」
「おばさんまで、何を言ってるんですか」
一文字のおばさんまでが、難しそうな顔をしてます。
「大丈夫です。ひろみくんは、強いんですから」
「だけどね、食事だって、ウチのカン子みたいな賄が作るわけじゃないから、食事が心配だね」
それはそうかもしれない。でも、宿舎だって、ちゃんとした食事が出るはずです。
「ピョン太がいれば、疲れていても、マッサージしてもらえるし、ここの温泉には入れれば、疲れも吹っ飛ぶんだけど、そうもいかないわよね」
チェリーさんまでが、否定的なことを言います。
「だけど、ひろみくんなら、絶対、やってくれます」
例え、私一人になっても、ひろみくんを応援します。どれみふぁ荘の人たちみたいに負けることを前提にしたようなことは言いません。
「なんですか。皆さんは、ひろみくんを応援しないんですか! 同じ住人ですよ。もっと、応援してください」
「してるわよ。二葉だけが、応援してると思ってるの?」
そこに、ムツミちゃんが入ってきました。
「だって、皆さん、ひろみくんのことを・・・」
「応援してるわよ。決まってるでしょ。ひろみの最後の願いなのよ。ここで負けたら、悔いを残して、消えるのよ」
「それは、聞いてるけど・・・だったら、もっと、応援してよ」
私は、剥きになって、ムツミちゃんに言い返しました。
「二葉ちゃん、アンタ、ここにきて、もう、半年くらい経つでしょ。あたしらのこと、少しはわかったと思ったけど、まだまだ、わかってないみたいだね。あたしは、少しがっかりしたよ」
「おばさん・・・」
一文字のおばさんは、私の肩を優しく叩くと、こういいました。
「だったら、もっと、ひろみくんのことを・・・」
「二葉さん、私たちが、そんな冷たい住人だと思ってたんですか?」
「死神さん・・・」
むきになっている私に、死神さんは言いました。
「いいですか。ここにいる全員は、いろいろ訳があって、集まったんですよ。そんな仲間が、こうしてがんばっているんですよ。応援しないわけがないでしょ」
「それじゃ、どうして、ひろみくんを応援しないんですか?」
「してるわよ。でも、それは、今じゃないわ。今は、二葉が応援してあげればいいのよ」
ムツミちゃんが私を見上げて言いました。
「どういう意味?」
「今にわかるわ。あたしだって、ひろみの夢をかなえてあげたいもの」
「そうよ。ムツミちゃんの言う通り。あたしらが、ひろみくんのこと、応援してないとでも思ってたの?」
「チェリーさん・・・」
「今は、二葉ちゃんの応援が、一番ひろみくんには必要なのよ。だから、たくさん応援してあげなよ」
「わかったわ。私は、ひろみくんを応援する」
「その意気よ。きっと、ひろみくんには、通じるはずだからね」
私は。おばさんの一言を聞いて、勇気が出ました。
私は、テレビの前に座ると、力一杯声援を飛ばしました。
この時、私は、おばさんたちが何をしていたのか、まるでわかっていませんでした。
「二葉、明日、仕事休みでしょ。あたしに付き合わない?」
仕事から帰ると、ムツミちゃんが話しかけました。
「休みだけど、明日は、ひろみくんの準決勝があるから、テレビを見たいの」
「そんなの見なくてもいいわよ」
「そんなことないわ。私、応援したいんだもん」
「フン。ひろみが、こんなとこで負けるわけないでしょ。決勝まで、来るに決まってるでしょ」
「だったら、明日は、負けないように、応援したいんだもん」
「そう。わかった。だったら、あたし、一人で行ってくる。甲子園まで」
「えっ! 今、なんて言ったの?」
私は、ムツミちゃんに言いました。確かに、今、甲子園て言った。
一人で行ってくるとも言った。どういうことなの? 驚く私を見ながら言いました。
「だから、甲子園に行ってくるって言ったの。だけど、スタンドで応援するわけじゃないから」
「それじゃ、なにしに?」
「決まってるでしょ。ひろみに会いによ」
「ひろみくんに会えるの?」
「そうよ。そろそろ、ひろみも限界だからね。決勝で、負けさせるわけにいかないでしょ」
「行く! 私も行く。ムツミちゃん、連れてって、お願い」
私は、両手を合わせて、ムツミちゃんにお願いしました。
ひろみくんに合えるなら、直接会って、応援したい。こんなに頑張っているひろみくんをテレビだけで見ているなんてすごく物足りない。
出来れば、毎試合スタンドで声を限りに応援したい。でも、決勝まで、行かないと約束したから私は、ずっと我慢していた。
「いいわよ。その代わり、空飛ぶほうきで行くんだからね。落ちたりしても、助けないから、それでもいいなら連れて行ってあげる」
「いいわ。落ちたりしない。だから、連れて行って。私、ひろみくんに会いたいの」
「その言葉、忘れないでよ」
そう言い残して、ムツミちゃんは、部屋に戻っていきました。
私は、ムツミちゃんの後姿を見送りながら、明日に向けて、気合を入れました。
「よかったね、二葉ちゃん」
「ハイ、明日は、ひろみくんに会って、たくさん話してきます」
一文字のおばさんが、笑って言いました。
「いいかい、その代わり、ひろみくんに会っても、絶対、泣いちゃダメだよ」
「それは、無理だぜ、母ちゃん。お姉ちゃん、泣き虫だもん」
六つ子の男の子が言いました。
「そうよ、毎試合、ひろみお兄ちゃんの試合見て泣いてるんだもの。絶対、泣くわよ」
女の子まで言いました。
「それもそうだね。せっかく、応援してもらっても、泣かれたらひろみくんも困るものね」
おばさんまでが、そんなことを言いました。
「大丈夫よ。絶対泣かない。笑って、応援してくる」
「どうかねぇ・・・」
「ホントよ。笑顔で、ひろみくんに会ってくる」
「よし、それなら、信じてみようかね」
「ありがとう、おばさん」
私は、おばさんの手をギュッと握りました。
そして、絶対に、ひろみくんに会っても、泣かないと心に決めました。
わざわざ応援に来たのに、泣き顔なんて見せられない。笑顔で応援するんだ。
そうしないと、みんなに笑われる。ひろみくんにも笑われる。
私は、誓いを新たに、そう思いました。
翌日は、朝が早いので、早めに寝ようと、カン子さんの作ってくれた晩ご飯もたくさん食べて、温泉に入って、ゆっくり体を休めることにしました。
脱衣所で服を脱いで、露天風呂に入ろうとすると、こんな時間なのに死神さんが入っていました。いつもなら、真夜中に一人で入るのに、珍しくまだ夜の21時です。
「おや、二葉さん」
「死神さんこそ、珍しいですね。こんな時間に」
少し嫌味を言ってあげました。でも、まったく気にせず、頭にタオルを乗せて、鼻歌まで歌っていました。
この頃になると、死神さんとお風呂に入っても、まったく気にすることはなくなりました。
相手は幽霊だし、体も半分透き通っているので、裸を見る心配もありません。
それに、死神さんに裸を見られても、得もしなければ損もしないので、何とも思いません。
「聞きましたよ。明日、ひろみくんに会いに行くそうですね」
さすが、死神さんは、耳が早い。
「ハイ、そうですよ」
私は、背中を向けて、何の感情つけずに言いました。
「それじゃ、頼まれてくれませんか?」
「何をですか?」
「二葉さんが脱いだ服の上に、お守りが置いてあるので、それを渡してください」
「えっ! なんですって」
私は、温泉からタオルで前を隠すのも忘れて飛び出すと、脱衣所に向かいました。
すると、私が脱いだ服の、それも下着の上に、ポツンとお守りのような小さな袋が置いてありました。
よりによって、私の下着の上に置くなんて、デリカシーがなさすぎる。
「死神さん、これのことですか」
私は、今度は、タオルで前を隠して、抗議しました。
「そうです、そうです」
「そうですじゃなくて、なんで、私の下着の上に置くんですか! わざとですよね」
「白いブラジャーなんて、今時、女子高生でもつけませんよ。もう少し、色っぽい下着の方がひろみくんは、喜ぶと思いますよ」
「何を言ってるんですか! ふざけてますよね」
「いいえ、真面目に言ってるんですよ」
ダメだ。この人は、やっぱり、人の感情が通じない死神だ。
「今度、そんなことしたら、ホントに怒りますからね」
そう言うと、死神さんは、ゆっくりお風呂から上がると、タオルで前を隠しながら私の横を通りすがりにこんなことを言いました。
「Bカップですね」
「な、な、な、なにを言ってるんですか!」
死神さんは、私のタオルで隠した胸元を見ながら言ったのです。
「おや、違いましたか?」
「違います! 失礼でしょ」
「私の見間違いでしたね。Aカップですね」
そう言って、死神さんは、脱衣所に行ってしまいました。
頭に血が上った私は、さらに抗議しようと思ったら、脱衣所のドアを閉められてしまいました。
「もう、あの人、大っ嫌い。サイッテー!」
私は、体が熱くなるのがわかりました。
「おや、二葉ちゃん、そんなとこで突っ立ててどうしたんだい?」
すると、ドアが開いて、一文字のおばさんが、裸で入ってきました。
「今夜の温泉は、熱いのかい? 体が、真っ赤っかじゃないか。
熱かったら、水でうめないと熱くて入れないわよ」
「違います。お風呂は、ちょうどいいですよ」
私は、頭に血が上ったせいで、体中が、茹でダコのように赤く染まっていました。
「何をそんなプリプリしてるんだい。早く寝ないと、明日早いんだろ。起きれないわよ」
「わかってます。お休みなさい」
私は、おばさんに八つ当たりしたような感じになって、温泉を後にしました。
部屋に戻っても、まだ、体がポッポして、ふとんに横になっても、寝られませんでした。
「まったく、もう、死神さんは、どうしてあんな何だろう・・・」
私は、ふとんを被って、独り言のように呟きました。
だけど、よく考えれば、私より先に入っていた死神さんが、どうして、私の脱いだものにお守りなんて置けたのだろう? 不思議なこともあるもんだと思いながら、天井を見上げていました。
だけど、今は、そんなことより、ひろみくんに会うことを考えると、ドキドキするようで緊張してきました。
会ったら、なにを言おうか。どう言って、元気づけようか。そんなことを考えると
いつのまにか、死神さんのことなど忘れて、眠ってしまいました。
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