第9話 天才少女と魔法使い見習い。
午後の仕事は、なんだか身が入らず、死神さんのことを考えると、イライラしている自分がいました。
それでも、何とか仕事を終えて、帰宅する時間になりました。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
「ご苦労様」
私は、店長の奥さんに行って、お店を出ました。
電車に乗るために駅に向かいます。駅前広場は、夕方前で賑わっていました。
ラーメン屋さんや居酒屋が並ぶ駅前広場の前は、バスも通ります。
すると、その道路のそばに、一目でわかる高級外車が止まっていました。
「すごい車ねぇ」
車に詳しくない私でも、思わず見とれるくらい、真っ赤なポルシェでした。
すると、驚くことに、その車の助手席から降りてきたのは、大人になったチェリーさんでした。
朝に見た時と同じ、白いワンピースに赤いハイヒールを履いて、黒のサングラスまでしていました。
そして、運転席から出てきた、メガネの男性と何やら話をすると、その車は、すぐに発車しました。
私は、呆然とチェリーさんを見ていることしかできませんでした。声をかける勇気もありません。
すると、私に気が付いたチェリーさんが、ヒールを鳴らしながら近づいてきました。
周りの人たちも、絶世の美女のチェリーさんを見ていました。
「アラ、二葉ちゃん、今、帰り?」
サングラスを少しずらして、私に言いました。
「あの、チェリーさんですよね」
「そうよ」
「今の男の人は・・・」
「あたしのパトロン」
「パ、パ、パトロン?」
私は、聞いたことがない一言に、目をむいてビックリしました。
「なんちゃって。ウソよ。あたしの協力者でスポンサーよ」
もはや、私には、理解不能の話でした。
「二葉ちゃん、大丈夫? そんなにビックリすることないでしょ」
イヤイヤ、ビックリするでしょ。ホントは、中学生なのに、何をしているんだろう?
「この後、デートだから、今夜は、遅くなるから。それじゃね」
そう言って、肩を振りながら歩いて行きました。
いったい、どこに行くんだろう? てゆーか、デートって・・・ 彼氏なんだろうか?
相手は、どんな人なんだろう? そんなことを思って、チェリーさんの背中を見送っていると、これまた、派手な車がクラクションを鳴らすのが聞こえました。
そして、チェリーさんの前に止まると、車の窓を開けて、同じようなサングラスをかけた、見るからに怪しそうな男性が顔を出すと、チェリーさんは、当たり前のように
助手席に乗り込みました。
「な、な、何をしているの?」
思わず独り言のように呟くと、助手席に乗ったチェリーさんは、車の窓を開けると
私に向かって、投げキッスをしました。そして、軽く手を振りながら、車は、あっという間に行ってしまいました。
「なんなのよ」
私とは、まるで違う世界を見た気がして、その場で立ち尽くすしかありませんでした。
どれみふぁ荘の人たちは、謎が多いけど、中でもチェリーさんは、一番な気がしました。私は、ため息を漏らすと、一人駅に向かって、歩き始めました。
電車に乗って、最寄り駅まで向かうときも、電車の窓から、チェリーさんのことを考えていました。
あの人のプライベートは、謎だらけだ。死神さんと言い、ホントに秘密が多い。
そう思いながら、ぼんやり外を見ていました。
今日は、天気も良く、まだ、青空が見えて、白い雲が浮かんでいました。
そんな雲をボーっと見ていると、雲の中に何かが浮かんで見えました。
それが、次第に大きくなって、こちらに近づいてきました。
「今度は、なに?」
私は、窓にへばりついて目を凝らしていると、それが、走る電車と平行になるくらいまで近づいてきたのです。
「ムツミちゃん!」
それは、空飛ぶほうきに乗った、魔女見習いのムツミちゃんでした。
彼女は、ほうきに乗ったまま、電車の窓の私に向かって、ニコニコしながら手を振っています。
「なに、してんのよ」
思わず声に出てしまいました。周りの乗客が、私を一斉に見ました。
ほうきに乗って空を飛んでいる女の子を見たら大騒ぎになります。
見つかったらどうするのよ。私は、そ知らぬ振りをするしかありません。
しかし、私の気も知らずに、ムツミちゃんは、肩に怪獣くんを乗せて、優雅に空を飛んでいました。
私は、最寄り駅で降りて、急いで改札口を抜けると、ムツミちゃんを探しました。
でも、周りにはいません。私は、辺りをキョロキョロしながら歩いていると
突然、私を呼ぶ声がしました。
「二葉」
私は、自分を呼ばれて、周りを見ました。だけど、誰も私の知ってる人はいません。
「どこ見てるのよ。上よ」
またしても、声が聞こえました。そして、私は、空を見上げました。
すると、ほうきに乗って、はるか上空にいるムツミちゃんが見えました。
「ムツミちゃん!」
私は、空に向かって言うと、ムツミちゃんを乗せたほうきが下に降りてきました。
そのまま私の前まで来ると、ほうきに乗ったまま、こう言ったのです。
「今、帰りなの?」
「そうだけど」
「だったら、送ってあげるから、乗りなさい」
「乗るって、まさか、それに・・・」
「当り前でしょ。ほら、なにしてるのよ、さっさと乗りなさい」
「ガオォォォ~」
怪獣くんが、私に向かって吠えました。
いくらなんでも、それはできない話です。こんなに人がたくさん歩いている前で、
空飛ぶほうきに乗るなんて、そんな目立つようなことができるわけがありません。
「私は、歩いて帰るから、大丈夫よ」
「なに言ってんのよ。この前、乗ったでしょ」
そう言って、私の腕を掴んで無理やりほうきに乗せます。
「ムツミちゃん、こんな人前で、ほうきに乗ったら、あなたが魔女だってこと、バレちゃうでしょ」
「平気よ。普通の人間には、私は見えないから」
「えっ? そうなの・・・」
言われてみると、目の前にほうきを乗った魔女がいるのに、周りを行きかう人々は、誰も気にしていない
不思議な光景だった。
「ちゃんとつかまってなさい」
そう言うと、あっという間に、私を乗せたほうきは、空高く飛んで行きました。
「ヒャァ~」
私は、またも変な声を上げて、ムツミちゃんにしがみつきました。
そんな私を見て、怪獣くんが、大きな目を細くして笑っていました。
「そんなに驚くことないでしょ。二度目なんだから、もう慣れたでしょ」
「イヤイヤ、慣れないって・・・」
私は、風になびく自分の髪を気にしながら、駅ビルよりも高いところを飛んでいました。
どれみふぁ荘の人たちと付き合うのは、疲れるなぁと思いながら、心の底では楽しんでいました。
結局、歩いて帰るところを、ほうきに乗って帰ったので、あっという間でした。
今度は、無事に玄関前に着陸することができて、心底ホッとしました。
「ほら、早かったでしょ」
そう言って、ほうきから降りるムツミちゃんは、息切れしている私に言いました。
「送ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして。また、送ってあげるからね」
そう言って、ほうきを担いで玄関に入っていきました。
魔女見習いとはいえ、ムツミちゃんも不思議な特技を持った女の子なのを改めて感じました。
「ワンワン」
そんな私を迎えてくれたのは、ケンイチロウさんでした。
大きな白い犬の、ケンイチロウさんは、シッポを振りながら私に抱きついてきました。
「よしよし、ただいま」
「ワンワン」
ケンイチロウさんは、嬉しそうに私にじゃれついてきました。
見ると、お皿にはドッグフードが入っていました。これは、もしかして、六つ子たちが買ってきた
ドッグフードなのかなと思っていると、ケンイチロウさんは、お皿に顔を突っ込んで
夢中で食べ始めました。これって、おいしいんだなと思いながら私も玄関に入りました。
「ただいま」
そう言って、下駄箱で靴を脱いで上がると、洗面所からピョン太さんが顔を出しました。
「お帰りピョン」
「ただいま、ピョン太さん」
「洗濯物は、タンスに入れておいたピョン」
「そう、ありがとう」
洗濯ロボットのうさぎのピョン太さんに、お礼を言って、部屋に入りました。
タンスを見ると、きれいに畳まれたシャツや下着が入っていました。
自分が洗濯するより、きれいになっているし、きちんと畳まれていてちょっと感動する。私は、部屋着に着替えて、食堂に行きました。
「おや、二葉ちゃん。お帰り」
「ただいま、おばさん」
そこには、すでに帰っていた、一文字のおばさんがお茶を飲みながら、おせんべいを食べていました。
私も冷蔵庫を開けて、冷たいお茶をコップに注いで、向かいに座って飲みました。
「なんだい、変な顔して。何かあったのかい?」
おばさんは鋭い。私の顔を見て、何かがあったことを一目で見抜いた。
私は、その日にあったことをおばさんに話して聞かせました。
おばさんは、私の話を聞いて、涙を流して大笑いしました。
「ウチの子たちが、手間をかけたね」
「あの子たちのことは、いいんです。問題は、死神さんですよ」
私は、死神さんについて苦情を言いました。
でも、おばさんは、私の目を見ながら、こう言ったのです。
「それは、いいことしたね」
「ハァ? なにが、いいことですか。お金を返してもらいたいです」
「でも、それで、死神に貸しを作ったことになるでしょ。あの死神に、貸しを作るなんて、二葉ちゃんは、人間にしては、とても珍しいことなのよ」
「そうなんですか?」
私は、まるで実感がなくて、むくれたように言いました。
「この貸しは、いつか返ってくるよ。きっと、大きなことがね」
「そうですか? 私は、そんな気はしませんけどね」
「死神は、そういうやつだからね。二葉ちゃんは、とてもいいことしたんだよ」
そう言われても、全然ピンときません。
「それと、チェリーさんなんだけど、すごい車に乗ってて、スポンサーとか、デートとか、二人の男の人と付き合っているみたいなんですよ。大丈夫なんですか?」
私は、ホントに心配して、そう言ったのに、おばさんは、手をヒラヒラさせながらお茶を飲んでまったく慌てる様子はありません。
「二葉ちゃんが見た、メガネの男っていうのは、チェリーのスポンサーなんだよ」
「そうなんですか?」
「あのメガネの男って、野比博士っていうのよ。聞いたことない?」
「さぁ、わかりませんけど」
「ノーベル科学賞を取った、日本人がいただろ」
そう言えば、そんな人がいたなと、以前新聞に載ったのをうっすら思い出した。
「野比博士ってのは、ロボット工学の博士でね、すごい猫型ロボットを発明したんだよ。ウチのピョン太は、それの応用みたいなもんなんだよ」
私は、そこまで聞いて、思い出しました。テレビでニュースになっていました。
世界初の猫型万能ロボットを開発した日本人がいたことを、思い出しました。
そんなすごい人とどこで知り合うんだろう?
「もう一人の男は、たぶん、ホワイトジャックだろうね」
「ホワイトジャック? 誰ですか?」
「日本人なんだけど、本名は、誰もわからないんだよ。世界的な外科医でね、どんな難しい手術でも成功させるという名医なんだよ。人呼んで、ドクターXさ」
「そんなお医者さんと、どこで知り合うんですか?」
チェリーさんの交友関係が知りたくなった。
「あの子も子供のころから、いろいろ苦労したからね。医者の知り合いも多いんだろうね。なんと言っても、私、失敗しないのでっていう口癖は、あの先生の真似らしいから」
どこまで信じていいのか、私にはわからないことだらけだ。
後で、パソコンで調べてみようと思う。
「それより、あの魔女見習いのおてんば娘だよ。まったく、人前で、ほうきに乗るなんて」
「でも、普通の人たちには、見えないって言ってましたよ」
「それは、魔力で自分をカバーしてるからね。そんなに簡単に魔力を使うのは、よくないんだけどねぇ」
おばさんは、ムツミちゃんに関しては、厳しいみたいだ。
「ただいまぁ。腹、減った。なんか、食うものない?」
そこに帰ってきたのは、ひろみくん・・・ひろみちゃん、どっち?
入ってきたのは、セーラー服を着た、女子高生なので、ひろみちゃんなんだろう。
だけど、声と態度は、ひろみくんだ。
「お帰りなさい」
『二葉ちゃん、ただいま』
そう言うと、冷蔵庫からお茶を取り出すと、そのままコップに継がずに、ゴクゴク喉を鳴らして飲みほした。
もちろん、片手は腰に置いて、足を大きく開いている。
体は女の子なんだし、今は、スカートを履いているんだから、気にした方がいいと思う。
「お帰りなさい、ひろみさん」
『ピョン太、ちょっと相手してくれるか?』
「いいピョン」
『それじゃ、着替えてくるから、用意して待っててくれ』
そう言うと、スカートを翻して、階段を上がっていった。
今度は、何が起きるんだろう? 私は、ただ見ていることしかできなかった。
すると、ひろみくんは、ジャージに着替えて戻ってくると、食堂を通り過ぎて
隣の和室から縁側を下りて庭に出ました。
私は、何が起きるのか気になって、庭を見に行きました。
『それじゃ、行くぞ』
「いつでもいいピョン」
そう言うと、ひろみくんは、ピョン太さんとキャッチボールを始めました。
ひろみくんは、野球部だから、ウチでも自主トレをするのかなと思ってみていました。
『二葉ちゃん、見ててよ』
そう言うと、二人は、少しずつ距離を開けていきます。
そして、ピョン太さんが、膝を曲げて座りました。
『それじゃ、行くぞ』
そう言うと、軽いキャッチボールとはまるで違って、本格的に投げ込みを始めたのです。大きく振りかぶって、足を上げて、腕を振り下ろします。
すると、構えていたピョン太さんの肉球の中に、ズバッと決まったのです。
「早やっ!」
目にも止まらないボールの速さにビックリしました。
なんなの、ひろみくんて・・・ とても高校生の投げるボールじゃない。
素人の私にも、まるでプロ野球のピッチャーのように見えました。
その後も、ひろみくんは、何度も投げ込みました。そのたびに、ピョン太さんの肉球に吸い込まれるように決まりました。
こんなすごい球を投げるひろみくんもすごいけど、難なく受けるピョン太さんもすごい。
『どう、二葉ちゃん』
「すごいわ。私、ビックリしちゃった。ひろみくんなら、間違いなく、甲子園で優勝できるわ」
『そうだろ。今度の夏の甲子園は、バッチリ優勝するから』
「うん、私も応援に行くわ」
私は、こんなひろみくんを見て、素直に応援する気になりました。
そして、何球も投げ込むと、ひろみくんは、今度は、ピョン太さんを相手にストレッチを始めました。
なんて体が柔らかいんだろう・・・ 足を180度に開いて、胸が地面に着くなんて
体の硬い私には、絶対に無理です。
今度は、縁側に座ったひろみくんの肩を、ピョン太さんがマッサージを始めます。
『ピョン太のマッサージは、効くんだよ。二葉ちゃんもやってもらったら』
「そうなんだ・・・」
ロボットなのに、洗濯だけじゃなくて、マッサージもできるなんて、万能すぎるよ、ピョン太さん。
『よし、ありがと』
「ひろみさん、お疲れ様ピョン」
そう言って、ひろみくんは。汗を拭きながら、部屋に入っていきました。
「ちょっと、ピョン太さん、見せて」
私は、ピョン太さんの肉球が付いた手を見ました。
あんなすごい球を素手で取るなんて、どんな手をしているのか?
しかし、見てもピンク色の大きなプニプニした肉球で、キズ一つありません。
「あんなすごい球を受けて、痛くないの?」
「平気だピョン。おいらは、ロボットだから、これくらいなんともないピョン」
そう言って、ピョン太さんは、当たり前のように言って、洗面所に行きました。
どれみふぁ荘は、住人だけでなく、ロボットもすごい。改めて、私は、すごいところに住んでいることを実感しました。
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