第7話 賄さんと大家さん。

 私は、大家さんと食堂に入りました。

六人掛けのテーブルがあって、その後ろに、オープンキッチンみたいなのがあり

暖簾がかかっている奥が厨房でした。

「ここに座れ」

 椅子が向かい合って、三つづつあり、その真ん中に座りました。

やがて、住人たちがぞろぞろやってきました。

 私の右隣にチェリーさん、左隣に死神さんが座りました。

向かい合い形で、ひろみちゃんが座り、右にムツミちゃん、左に一文字のおばさんが座ります。

その奥の和室には、六つ子たちが座って、夕食が始まりました。

 いったい、どんな食事なのか、初めてのみんなで食べる夕食に、内心ドキドキしてました。すると、厨房の奥から、賄さんがやってきました。

「えっ! えーっ・・・」

 奥から出てきたのは、お寺などで見る千手観音でした。

金色に輝くそれは、間違いなく千手観音です。手が八本あるのです。しかも、私より背が高い。

それが、一人で歩いている・・・のではなく、動いているのです。

「二葉は、初めてじゃろ。賄を作ってくれる、千手観音じゃ。みんなは、カン子と呼んでおる」

 私は、目が点になったまま、固まってしまいました。

「二葉ちゃん」

「固まっているようですね」

 両隣のチェリーさんと死神さんの言葉も耳に届いていません。

余りにも突然の予想もしてなかったことに、口を開けたままでした。

「二葉、挨拶くらいせんか。これから、毎日、食事を作ってくれるんじゃぞ」

 大家さんに言われて、ハッと気が付いて、大きな音を立てて、椅子から立ち上がりました。

「は、初めまして。今日から、二号室に越してきた、春野二葉です。よろしくお願いします」

 そう言って、90度に腰を曲げて挨拶しました。

しかし、千手観音さんは、表情一つ変えず、何も話しません。

「心配するな。ちゃんと、二葉の言葉は、聞こえておる。ただ、カン子は、仏像だから、言葉は話さん。表情一つ変えることもない」

 言われてみれば、そうだろう。笑ったり泣いたり話したりする仏像なんて聞いたことがない。

「えっと、なんてお呼びすれば・・・」

「カン子さんですよ」

 死神さんが、そっと教えてくれました。

「あの、カン子さん、これから、よろしくお願いします」

 しかし、カン子さんは表情一つ変えず、そのまま奥に消えていきました。

なんか、ホッとして、座り直しました。

「二葉ちゃん、ビックリしすぎ」

「だって、まさか、賄さんが、千手観音なんて、思わなかったもの」

 チェリーさんに言われて、そう言うしかありません。まだ、心臓がドキドキしてます。しかし、ドキドキするのは、まだ早かったのです。

 少しすると、奥からカン子さんが手に、たくさんの料理を持ってやってきました。

無言のまま、テーブルに置かれた料理を見て、私は、またしても目を点にしたまま固まりました。

「カン子ちゃん、お酒もお願いね」

 一文字のおばさんが言うと、大きな冷蔵庫から、ビールやお酒をカウンターに置きます。おばさんと死神さんが棚からグラスを出します。

「二葉ちゃんも飲めるんだろ?」

 おばさんに言われて、小さく頷きます。

「今夜は、歓迎会ですね」

 死神さんが言うと、私の前に置いたグラスにビールを注ぎます。

チェリーさんやひろみちゃん、ムツミちゃんたちは、冷蔵庫からお茶やジュースを取り出します。

 そうこうしているうちに、テーブル一杯に御馳走が並びました。

お寿司、天ぷら、肉じゃが、お刺身の盛り合わせ、焼肉、ちらし寿司などなど、ご馳走ばかりでした。

こんなご馳走は、正直言って上京してから、一度も食べたことがありません。

テレビでしか見たことがない。なぜなら、一人暮らしで、料理が下手で、お金がない私は、外食など、ほとんどしません。

「今夜は、特別ってわけじゃないのよ。これから、毎日、こんな食事だからね」

 ひろみちゃんが言います。

「カン子ちゃんのご飯を一度食べたら、外でなんて、食べられないわよ」

 ムツミちゃんが言いました。

「それじゃ、二葉さんの引っ越し祝いと、これからの前途を祝して、乾杯」

「乾杯!」

 なぜか、死神さんが音頭を取って言うと、みんなも声を合わせてグラスを上げて、それぞれの飲み物を飲みました。

私も釣られて、ビールを一口飲みました。実は、お酒は好きでも、ビールは、苦くて苦手でした。

でも、今、飲んだビールは、ノド越しが爽やかで、ホップの香りもして、全然苦くありません。

「なに、これ?」

「おや、わかりますか?」

 死神さんが、ニヤッと笑います。

「今まで飲んだビールと、全然違う気がします」

「そうだよ。これは、カン子ちゃんが一から作った、手作り自家製ビールなんだよ」

 おばさんが自慢するように言うと、残りのビールを一気に飲み干しました。

えっと、ビールは、勝手に作ってはいけないんじゃなかったっけ?

てゆーか、ビールを自家製なんて、どこで、どうやって作るんだろう?

「ほらほら、今夜は、ご馳走だから、早く食べないと、なくなるよ」

 チェリーさんに言われて、箸を手に取りました。

しかし、余りの御馳走に、目移りして、どれから手を付ければいいのかわかりません。見てるだけで、お腹が膨れてきます。

 しかし、私以外の人たちは、当たり前のように、お刺身やお寿司などを食べ始めています。私も遅れないように、まずは、好きなお寿司から食べました。

「おいしい!」

 思わず口から出た一言に、自分でも信じられませんでした。

マグロのお寿司がトロっとして、口の中で酢飯がほろほろ崩れて、マグロの脂が口一杯に広がります。そして、マグロが舌の上で溶けていくようです。

「それは、大間のマグロですよ。すし屋で食べたら、それだけで、何千円ですよ」

 死神さんが言いました。それを聞いて、目が飛び出そうでした。

「二葉さん、今まで、どんな食事をしてきたの?」

 ひろみちゃんに聞かれて、小さな声で言いました。

「カップラーメンとか、コンビニ弁当・・・」

「二葉、アンタ、大人でしょ。そんな食事じゃ、体を壊すわよ。これからは、大丈夫だけどね」

 呆れたように、ムツミちゃんが言いました。

私は、恥ずかしくなって、顔が赤くなるのが自分でもわかりました。

「いいから、たくさん食べな」

 おばさんに言われて、天ぷらにお刺身を食べます。

どれもが、おいしくてホッペが落ちそうです。

「さぁさぁ、飲んで飲んで」

 死神さんにビールを注がれると、食事がおいしすぎて、お酒が進みます。

さらに、驚くことに、オープンキッチンでは、カン子さんが何かを作っていました。

しかも、千手観音だけあって、背中から8本の手があるので、一度にたくさんの料理を作ることができます。

一人で三人分の食事を作っているのです。8本ある手が、すべて別々の動きをしていました。そして、次々とおいしそうな料理が出てきました。

 和室の方では、六つ子たちの賑やかな声が聞こえます。

育ち盛りで食べ盛りの子供が六人もいれば、出された料理など、あっという間に食べてしまいます。だけど、食欲旺盛なのは、六つ子たちばかりではありません。

目の前の住人たちは、飲んだり食べたり、目の前にある料理は、すぐに胃袋へと消えていきました。その度に、カン子さんが料理を作って、出してくれます。まるで、バイキングのようです。

 コンビニ弁当やカップラーメンしか食べてない私は、食事の時間もあっという間で、ゆっくり食べることはありません。それが、今は、大勢の人たちと楽しくおしゃべりしながらおいしい食事をゆっくり味わって食べています。夢を見ているようでした。

 それにしても、ムツミちゃんやチェリーさんなど、まだ子供なのに、そんなにたくさん食べて、いったい、どんな胃袋をしているのか、不思議に思います。

ひろみちゃんだって、そんなに食べて、ダイエットとか気にしないのかなと心配します。

「おや、食が進んでいませんね。もしかして、ダイエットとか、気にしてるんですか?」

 私の胸の内を読んだのか、死神さんがドキッとするようなことを言いました。

「イヤ、別に、その・・・」

 私は、小さな声で言いました。すると、おばさんが私に言いました。

「なんだい、まだ若いのにダイエットなんか気にしてるのかい。そんなの気にしてる方が体に悪いよ。カンコちゃんの作ってくれる料理は、ちゃんとカロリー計算してるし、栄養のバランスもできてるんだよ。だから、それを食べない方が、よっぽど、体に良くないよ」

「そうよ、怪獣を見てみなさい。モリモリ食べてるのに、大きくならないでしょ」

 ムツミちゃんに言われてみると、テーブルの隅で、両手にお寿司や天ぷらを持って、小さな口を大きく開けて、バクバク食べている。

それにしても、お寿司を食べる怪獣なんて、初めて見た。

「二葉ちゃん、遠慮しないで、たくさん食べなよ」

 チェリーさんに言われて、私は、改めて箸をつけることにしました。

正直言って、おいしすぎて、箸が止まりませんでした。

ビールやお酒を飲んでも、それほど酔わずに、むしろおいしく飲めました。

 食事の時も、ガヤガヤと賑やかで、会話は弾んで、耳にも心地よく聞こえます。

それが、余計に食欲を掻き立てるほどでした。

 食事は、たっぷり、一時間以上もかけて食べ終わりました。

こんなに時間をかけて食べたことなど、今までなかったので、私は、大満足でした。

お皿を片付けているカン子さんに、改めてお礼を言いました。

「おいしかったです。ご馳走様でした」

 それでも、何も言わないカン子さんでしたが、私の言葉はわかったらしく、小さく頷きました。

「あの、片付けくらい、お手伝いします」

 そう言って、お皿を洗おうとすると、その手をカン子さんが止めました。

「いいんじゃよ。これが、カン子の仕事じゃから、気持ちだけもらっておくから、心配しなくでいい」

 大家さんが言いました。

そして私は、大家さんに縁側に連れて行かれて、お茶を飲みました。

「カン子はな、本物の千手観音なんじゃよ」

 大家さんは、カン子さんのことを話し始めました。

「カン子は、ずっと昔に、ある名工の手で作られたんじゃ。しかしな、戦の時に、燃やされてしまった。仏像と言えども、作られれば心が宿る。しかし、仏像は、一人では動けない。燃やされたことは、無念で悔しくて、悲しかったんじゃな。それで、成仏できずに霊として彷徨っていた。体を宿る仏像を何百年も探してたんじゃよ」

 大家さんの話は、カン子さんの悲しい話でした。

「そこで、カン子の体を作ることにした」

「それじゃ、あの金色の仏像は、大家さんが作ったんですか?」

「そうじゃよ。彫るのに何年かかったかのぅ・・・」

 大家さんは、懐かしそうに夜空を見上げて言いました。

「カン子は、その仏像が気に入って、それに乗り移った。その礼として、ここに賄として住むことになった。アレで、案外、料理上手でな、住人達からも評判もいい」

 確かにその通りだ。さっき食べた料理は、どれもこれもおいしかった。

「そのウチ、言葉が話せるようになったり、顔の表情が変わることもあるじゃろ。何年かかるかわからんがこれからカン子のうまい料理を毎日食べて、元気で健康でいること。わかったな」

「ハイ、わかりました」

 私は、大家さんの話を聞くと、作ってくれた料理は、残さずおいしく食べることを心に刻みました。


「二葉お姉ちゃん、お風呂に行かない?」

 食事を終えた、六つ子の女の子に声をかけられました。

「二葉、ここの温泉は、今日が初めてじゃろ。体にいいから、入ってくるといい」

 大家さんにも言われたので、お風呂に行くことにしました。

部屋に戻って、着替えとタオルを持って、浴室に向かいます。

脱衣所で服を脱いで、タオルを持って、扉を開けて中に入ると、目の前の光景に、私は、裸ん坊のまま立ち尽くしてしまいました。

 目の前には、大きな滝が流れて、湯気が立ち上っています。

天井ではなく、夜空には星が輝き、大きな岩風呂には、チェリーさん、ムツミちゃん、ひろみちゃんが入ってました。

「なにしてるのよ、入ってきたら」

 ムツミちゃんに言われて、私は、ハッとして、静かに岩風呂に体を沈めました。

「あぁ~、気持ちいい」

 温泉なんかに入ったのは、いつ以来だろう。高校の時の家族旅行で行ったのが、最後かなとその時のことを思い出していました。

「どう、気持ちいいでしょ」

「うん」

「練習で疲れて帰っても、ここの温泉に入ると、疲れなんて、あっという間に吹っ飛ぶのよ」

 毎日、野球の練習に明け暮れているひろみちゃんが言うと、説得力があります。

「ホント、気持ちいいわ」

 私は、のんびりお湯につかっていると、お風呂場の扉が開きました。

「ワァ~イ」

「行くぞぉ」

 そう言うと、六つ子たちが勢い良く、お湯に飛び込んできました。

「ちょっと、キミたち・・・」

 広い岩風呂の中で、六つ子たちは泳いだり、お湯をかけあったりしてはしゃいでいます。てゆーか、男の子たちもいるんだけど・・・

「お姉ちゃん、ここの温泉、初めてだろ」

「そ、そうだけど・・・今は、女の人だけなんだけど」

「いいじゃん、ぼくたち、まだ、子供だもん」

 確かに、六つ子の男の子たちは、幼稚園に通っている小さな子供だけど

男の子には変わりない。自分の裸を見られるのも恥ずかしいけど、男の子の裸を見るのも恥ずかしい。

「へぇ~、二葉ちゃんて、この子たちを意識するんだ?」

 チェリーさんがからかうように言いました。

「だって、男の子には、変わりないでしょ」

「何を言ってるのよ。この子たちは、みんな、妖怪よ」

 言われてみると、確かにそうです。この子たちは、座敷童子という妖怪です。

見た目は、普通の子供だけに忘れていました。

そう言われれば、妖怪の子供だから、裸を見られても恥ずかしいと思う気持ちも小さくなります。

「まぁ、いいか」

 私は、そう思うことにしました。

「お姉ちゃん、ぼくの名前、覚えた?」

 突然、隣に来た男の子に言われて、少し考えてから言いました。

「えっと、春男くんだっけ?」

「ぶっぶぅ~、ハズレ、ぼくは、夏男だよ。外れたから、バツだよ」

 そういうと、思いっきりお湯を顔にかけられました。

「ちょっと、なにするのよ」

「わかんないからだよ」

 まったく、男の子は、小さくてもヤンチャなんだから・・・

「二葉お姉ちゃん、あたしの名前は、わかる?」

 今度は、女の子に聞かれました。今度こそ当てないと、また、バツゲームされる。

「う~ンと、竹子ちゃんかな?」

「ハッズレェ~、ダメねぇ。あたしは、梅子よ」」

 またしても、頭からお湯をかけられました。

「もぅ、なにするのよ」

「わかんない、お姉ちゃんが悪いのよ」

「ホント、いつになったら、わかるのかしらね」

 六つ子たちが呆れながらそう言うと、私は、タオルで顔を拭きました。

その隣で、ムツミちゃんもひろみちゃんも笑っていました。

「まったく、二葉って、頭悪いわね。六つ子なんて、一回に覚えなさいよ」

 ムツミちゃんに言われても、顔が同じなんだから、わかるわけがない。

そんなときでした。私の胸を指で突っつく人がいました。

「お姉ちゃん、オッパイ小さいよね」

「ちょっと、どこ、触ってるのよ」

 見ると、男の子が私の胸を指でツンツンしてます。

「ホントだ。母ちゃんのが、大きいわね」

 今度は、女の子が触ってきます。確かに、おばさんには勝てない。胸どころか、お尻だって大きいし、でも、私より太っているし、大きくて当たり前です。

「どれどれ・・・ 確かに、年の割には小さいな」

「ホントだ。この分じゃ、将来が心配ね」

 両側から、チェリーさんとムツミちゃんが私の胸に触ってきます。

「何してんですか!」

「心配してるんじゃないか。発育不全だな。これから、毎日、牛乳を飲んで、カン子のご飯を食べることね」

「余計なお世話です」

 まったく、ここの人たちは、行動も発言もデリカシーがない。私が気にしてることを口にするなんて・・・

そう思って、先に出ようと思って立ち上がると、またドアが開いた。

「おや、二葉さん、もう出るんですか?」

「あ、あ、あの・・・キャア~」

 入ってきたのは、死神さんでした。

私は、裸を見られたことで、慌てて温泉に入り直しました。

「ちょっと、なに、入ってきてるんですか? 今は、女子の時間ですよ」

「気にしないでください」

「私が気にします。出て行ってください」

 死神さんは、唯一の大人の男性です。彼氏でもなければ、結婚相手でもない、男性の前で裸を見られるなんて恥ずかしすぎてお嫁にいけない。

それなのに、死神さんは、何事もないように、普通に温泉に入ってきます。

「別に、二葉さんの裸には、興味ありませんから」

「そういう問題じゃありません」

 私は、背中を向けて言いました。

「それじゃ、どういう問題なんですか?」

 死神さんの落ち着いた話し方が、なんか癪に障ります。

「あのですね。ここは、混浴じゃなくて・・・」

「そういうことなら、気にしないでください。私は、幽体ですから、いわゆる人間の男性のような体はしていません。それに、女性の裸にも、興味がありませんから」

 そんなことを言われても、私は、気にする。

なのに、ひろみちゃんもチェリーさんも、裸を隠すこともなく、堂々と肌を晒している。しかも、そんな私を見て、クスクス笑っている。

乙女の恥じらいとかないのかしら?

ひろみちゃんもチェリーさんも、十代の若い女性なのに、幽体とはいえ、男の死神さんに裸を見られて何ともないなんて、信じられない。

「二葉さん、死神なんて気にしなくていいのよ。ほら、見てみなよ」

 私は、二人係で、体ごと前に向けられました。

私は、死神さんの裸を見たくないので、目をつぶってました。

「まったく、二葉ちゃんて、オコチャマなんだから」

 チェリーさんに言われて、静かに目を開けると、目の前の死神さんの裸は、透明で透けていました。

お湯から出ている顔は、ちゃんとあります。でも、首から下のお湯に入っている部分は、透けているのです。

「わかった。普通の人間の男の人じゃないから、大丈夫でしょ」

「それに、相手は、座敷童子のあの子たちと似たようなものよ。気にしなくていいのよ」

 二人に言われて、気持ちが少し落ち着きました。

「それでも、二葉さんが気にしているようなら、あっちに行きますよ」

 そう言って、死神さんは、お湯から出て、隣の檜風呂に移りました。

「ねぇ、二葉ちゃんて、もしかして、経験ないの?」

 チェリーさんが、ニヤニヤしながら言いました。

「な、何のことかしら?」

「まぁ、トボけちゃって。二葉ちゃんて、まだまだ、オコチャマね」

 そう言って、クスクス笑いました。

「あのね、そんなことないから。私だって、一回くらい・・・」

「一回くらい、何かしら?」

 チェリーさんにからかわれて、つい、言っちゃいけないことを口走っていました。

確かに、私は、専門学校に通っていた時に、好きになった男性がいました。

その人と、お付き合いみたいなことはしました。そして、お決まりの関係を結んだことがあります。でも、その一回きりで、それ以降は、ありませんでした。

オマケに、私が就職したことで、自然消滅的に別れてしまったのです。

 私は、その時のことを思い出して、顔が赤くなってしまいました。

「二葉さん、元気出しなよ。まだ、これからだって、いい男が出てくるかもしれないじゃん」

 ひろみちゃんに励まされる自分が情けない。

「ダメよ。こんなことじゃ、一生、彼氏なんて出来っこないわ」

 ムツミちゃんに言われて、ちょっとムッとします。

「そんなことないわよ」

「死神や六つ子の裸でおろおろしてるようじゃ、無理に決まってるでしょ」

 そう言われると、返す言葉がない。

言葉に詰まっているすぐ横の檜風呂では、死神さんと六つ子の男の子たちが気持ちよさそうにしているのをみてなんだか、自分だけが意識しすぎて、損をしているような気分になりました。

「私、先に上がらせてもらいます」

 私は、そう言って、タオルで裸の前を隠しながらお湯から上がりました。

すると、またしても、扉が開きました。

「あら、もう上がるのかい? これから、月見酒しようと思ったのに」

 そこに現れたのは、一文字のおばさんでした。しかも、一糸まとわぬ生まれたままの姿に、両手にお酒を乗せたお盆を持っていました。

「何してんだい。いっしょに飲もうと思って、カン子ちゃんに用意させたのよ」

 そう言って、私を温泉に押し戻します。

「ほら、アンタたちは、向こうで遊んでなさい」

 六つ子たちにそう言って、おばさんは、私を檜風呂の方に誘導します。

そこには、死神さんが入っているのに、私は、いっしょに入ることになりました。

おばさんが入ると、お湯がザパーっと零れます。

そして、お湯にお盆を浮かべると、お猪口にお酒を注ぎました。

「月見酒なんて、したことないんだろ?」

 そう言って、おばさんは、私にお酒を注いでくれました。

私は、タオルで前を隠しながら、片手でそれを受け取ると、クイッと飲みます。

体が温泉で温まっているだけに、お酒が体にしみます。

「いい飲みっぷりですね」

「これで、飲み仲間が一人増えたね」

 死神さんとおばさんは、嬉しそうに笑いました。

こうなったら、もう、開き直ってやる。私は、そう思って、注がれるままにお酒を飲みました。

もう、裸なんて見られてもいい。いくら見られても、減るもんじゃないし、相手は死神だ。見られたって、恥ずかしくない。そんな気持ちになってきました。

「それにしても、気持ちいいですね」

「そうでしょ。ここは、最高よ」

「家賃が安くて、食事はうまくて、温泉はタダで入れて、オマケにみんな楽しくて、いい人たちですよ」

 死神さんが言うと、ホントに聞こえる。事実、その通りなのだ。

みんな、どこかおかしいけど、いい人たちばかりだ。普通の人間は、私だけなんだ。

でも、他の住人たちは、それぞれがすごい特技や不思議な力を持って、夢を持って前向きに生きている。

小さな六つ子たちだって例外ではない。楽しく生きていければ、それだけでいい。

おいしいものを食べて、温泉で気持ちよくなって、仲良く生きていれば、他に何もいらない。ここは、本当に素敵なところだ。ここに、来てよかった。自分の居場所が見つかったような気がしました。

 岩風呂で楽しそうにおしゃべりしている女の子たち。お風呂ではしゃぐ六つ子たち。月を見ながらお酒を酌み交わしている大人たち。なんて素敵な場所だろう。

私は、そんな光景を見ながら、なんだか泣けてきました。

「あら? 二葉ちゃん、泣いてるのかい」

「えっ? 泣いてなんかないわ。汗よ汗。お風呂に入っていたからよ」

 私は、そう言って、タオルで顔を拭いました。

でも、確かに私は、泣いていたのです。自分の置かれた環境に、感激していたのです。

「二葉さん、今のその気持ちを、いつまでも忘れないでくださいね」

「ハイ」

「その気持ちを大事にしていれば、あなたは、きっと幸せになりますよ。死神の私が言うんだから、

間違いありませんよ」

「ハイ」

 私は、そう言って、注がれたお酒を一口で飲みました。

「二葉ちゃん。アンタは、ホントにいいとこに来たわね。大丈夫よ。何か困ったことがあってもここのみんなが、きっと、助けてくれる。二葉ちゃんのこと、みんな大好きなんだからね」

 そんなことをおばさんに言われると、涙が止まりません。今が、温泉に入っているときでよかった。入っていなかったら、きっと、号泣しているだろう。

今は、汗で誤魔化せてよかった。

「何度も言いますが、親からもらったその体は、大事にしてくださいよ。人は、一つしかない命なんだから無駄にしないように。いいですか、きっと守ってくださいよ」

「ハイ」

 死神さんから言われると、ものすごく説得力がある。とても、お酒を飲みながら、温泉に入っている気がしない。

「私、ここにきて、ホントによかったです。こんなに素敵な人たちがいるなんて、思ってなかったんです。ホントに、ありがとうございます」

 そこまで言うと、私は、ホントに号泣してしまいました。

おばさんに裸の肩を優しく抱かれて、そのまま酔いつぶれて、そこから後の記憶がありません。

気が付いたときは、ふとんに寝かされていたのは、翌朝のことでした。



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