第6話 六号室の住人

 目の前にいたのは、アニメで見るような、いかにも魔法少女のようなピンクのドレスにピンクのブーツ、ピンクの三角帽子を被っている小さな可愛い女の子でした。

その帽子からはみ出た金色の長い髪が来るっとカールしていて、青い目が外人みたいです。

「だ、大丈夫?」

 私は、反射的に、助けようと足を踏み出すと、チェリーさんに止められました。

「危ないわよ」

 見ると、足元はおろか、床一面に割れたガラスがそこら中に落ちていました。

見ると、庭に通じる大きな窓が、割れていたのです。

私は、踏み出そうとした足を止めました。

「ちょっと、何度言ったらわかるのよ。入るときは、玄関からって言ってるじゃない」

「わかってるわよ。ちょっと、アクセルとブレーキを間違えただけよ」

「それ、何回やってるのよ。大家さんに見つかる前に直さないと、また、怒られるわよ」

 その前に、この状況から、女の子を助けるのが先じゃないかと思う。

なのに、チェリーさんも六つ子たちも笑ってみているだけです。

 すると、その女の子は、立ち上がると、変な呪文のようなものを呟きながら、

右手の人差し指をクルクル回して、割れた窓に向かって付き出しました。

「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、元に戻れぇ~」

 すると、驚くことに、床に飛び散ったガラスの破片が、あっという間に元通りのガラス窓になったのです。

「な、な、なにこれ?」

 私は、目が点になったまま、呆然とするしかありませんでした。

「この子は、六号室のムツミちゃんよ。魔女見習いで、人間界に修行に来てるんだって」

「ハイィ?」

 チェリーさんが、当たり前のように言うのを、私は、またしても?マークが頭にかかりました。

「ちょっと、失礼ね。あたしは、魔女見習いじゃないわ。立派な魔女よ、魔女」

「どこが・・・。毎回、窓に激突してるじゃない」

「アンタこそ、いつも変な研究して、失敗ばかりじゃない」

「うるさいわね。そっちこそ、いつになったら、空飛ぶほうきを乗れるようになるのよ」

「大きなお世話よ。この、インチキ科学者」

「言ったわね。この、ドジっ子魔女」

「なによ、その言い方」

 なんか知らないけど、チェリーさんと小さな女の子が、言い合いを始めました。

私は、どうしていいかわからず、おろおろしていると、買い物から帰ってきた、一文字のおばさんが言いました。

「アンタたち、いい加減にしなさい。まったく、顔を合わせるとケンカばかりして、仲がいいんだか悪いんだか・・・」

「フン」

 言われて、女の子が頬を膨らませて横を向きます。

「それより、二葉ちゃん、自己紹介して」

 おばさんに言われて、現実に戻りました。

「あの、今日から、二号室に越してきた、春野二葉です。よろしく」

 女の子の前に一歩踏み出して、頭を下げると、彼女は、私を見上げて言いました。

「ふ~ン、アンタが、二号室の・・・あたしは、ムツミ。これでも魔女だから」

「魔女?」

「アンタ、魔女知らないの?」

 私は、呆気に取られて、首を横に振るだけです。

「それじゃ、証拠を見せてあげるわ」

 そう言うと、部屋の片隅に放り出されているほうきに向かって、指をパチンと鳴らしました。すると、倒れたままのほうきが、一人でに動き出すと、私の前に横向きに浮いたまま止まりました。

「これが、空飛ぶほうき。乗せてあげるわ」

 そう言うと、自分からそのほうきに跨りました。

「ほら、何してんのよ。乗んなさいよ」

「乗るって・・・」

「早くしなさい」

 そう言って、ほうきの部分を手でパンパン叩きます。

ほうきって、空を飛ぶものじゃない。てゆーか、魔女の存在ってあり得ない。

「こら! 二葉ちゃんは、普通の人間なのよ。そんな危ないものに乗せちゃダメでしょ」

 おばさんがそう言うと、魔女という女の子は、また、ブクっと可愛いほっぺたを膨らませます。

「そんな危ないものは、しまいなさい。また、大家さんに怒られるよ」

「ハイハイ」

 女の子は、ほうきから降りると、それを片手に持って、私に言いました。

「二葉っていうの?」

「そうよ」

「だから、二号室ってことね。なんか、困ったことがあったら、言いなさいね。あたしが、魔法でチャチャっとやってあげるから」

「ハ、ハイ・・・」

 魔法でって、どういう意味なんだろう?

そんなことを思っていると、私の足元で何か動くものがいました。

下を見ると、緑色した何かが動いていた。

そして、その緑色の物体は、私を見上げると、大きく口を開けて吠えたのです。

「ガオォ~」

「えっ・・・ え~っ!」

 私は、それを見た瞬間、壁に後退りました。

「な、なんなの、これ?」

「怪獣よ」

「か、か、怪獣?」

「あたしのペットよ。可愛いでしょ」

 ペット? 怪獣が・・・ 私は、自分の頭がどうかしたかと思いました。

魔女だけでもビックリなのに、怪獣がペットって、意味がわからない。

 すると、その緑色の怪獣は、一人で歩くと、私の足元に立ちました。

そして、もう一度、口を開けて吠えました。

「ガオォ~」

 すると、何を思ったのか、私のズボンに爪を立てて、震える私の体をよじ登ってきたのです。

「ちょ、ちょっと」

 怖くて震える私は、壁に背中を付けて立っているのがやっとです。

それなのに、怪獣は、私の体をよじ登り、肩までやってくると、真っ赤な舌を出して、私の頬をペロッと舐めたのです。

「ヒィィ・・・」

 声にならない声を上げる私を見て、女の子は笑いながら言いました。

「そんなに怖がることないでしょ。どうやら、この子は、二葉を気にいったみたいよ」

「イヤ、それは、・・・」

「ほら、怪獣。二葉が怖がってるから、こっちに来なさい」

 そう言うと、怪獣は、私の肩からピョンと飛び上がると、女の子の肩にしがみつきました。

私は、ホッと息をつきながら、舐められた頬を触りました。

脚の力が抜けたのか、そのまま座り込んでしまいました。

「どう、可愛いでしょ」

 女の子は、六つ子たちと余り変わらない身長なので、座り込んでいる私と目線が合います。その肩に乗ってる怪獣は、間違いなく生きています。

全身が緑色で、背中からシッポにかけて、ヒレみたいのがあり、太くて短い脚には三本の爪があり両腕も緑色で大きな爪があり、目が大きく、口を開けると牙も見えます。よく見れば、立派な怪獣です。でも、30センチくらいの動く縫いぐるみにも見えました。

 気が付けば、チェリーさんや六つ子たちは、呆れて部屋に戻っていて、私とムツミちゃんの二人だけです。

「魔女見習いって、ホントなの?」

「まぁね。これでも、あたしは、魔法の国の女王候補なの」

「魔法の国?」

「そうよ。あたしは、女王になるために、人間界に修行に来てるだけよ」

 もはや、マンガの世界だ。魔法の国なんて、どこにあるんだろう?

「アンタ、信じてないでしょ?」

「えっ、いや、それは・・・」

「まぁ、しょうがないわね。人間は、見えるものしか信じないし、魔法なんて信じてないものね」

「そういうわけじゃ・・・」

 私は、慌てて否定しました。

「いいのよ。少しずつで。そのウチ、慣れるから」

 魔法というものは、慣れるものなのだろうか?

「えっと、あなたの名前は・・・」

「ムツミよ。でも、これって、ホントの名前じゃなくて、大家さんがつけてくれただけよ。六号室にいるからムツミなんだって」

 そう言われると納得だ。だけど、大家さんは、どんな人なんだろう?

死神や妖怪だけでなく、魔女にも知り合いがいるなんて、どこまで人脈が広いのか知りたくなった。

「あの、なんで、人間界に来たの?」

「今も言ったでしょ。修行よ、修行。女王様も、ずっと昔に、修行に来たんだって。

だから、女王候補の魔女は、人間界に行くのがしきたりなのよ」

「そうなんだ。ムツミちゃんも大変ね」

「そうでもないわよ。人間界って、おもしろいじゃない。ちなみに、あたしは、帝丹小学校の二年生ってことになってるから」

「えっ、小学生なの?」

「しょうがないじゃん。ずっと、ここにいたら退屈だから、大家さんが小学校に行けって言うんだもん。でも、お友達もできたし楽しいわよ」

 魔女見習いの女の子が小学生とは、もう言葉がない。しかも、怪獣がペットとは・・・

「その怪獣くんは、大きくなるの?」

「ならないわよ。この子は、これくらいね。だって、ミニ怪獣だもん」

 見た感じは、映画で見たゴジラとそっくりだ。まるで、ミニ・ゴジラみたいです。

そう言われると、確かに可愛い。何より、小さい怪獣なんて、初めて見た。

腕にしがみついているのを見ると、ホントに縫いぐるみのようにしか見えない。

「あのさ、大家さんとムツミちゃんとは、どういう関係なの?」

「もぅ、人間て、いちいち説明しなきゃいけないの。面倒臭いわね」

「ごめんなさい」

「いいわよ。話してあげる」

 そう言うと、彼女もその場にペタンと座ると、怪獣を抱きながら話を始めました。

「女王様・・・ メグ様って言うんだけどね、昔、大家さんの世話になったのよ。

だから、あたしも、ここに来たってわけ」

「昔って、いつくらい?」

「う~ンと・・・200年くらい昔よ」

「200年!」

「そうよ。そんなに驚くことじゃないでしょ」

「イヤイヤ、驚くことよ」

 私は、頭の中で200年前は、いつの時代なのか考えたけど、日本史なんてろくに勉強してなかったので

すぐには思いつかない。

「大家さんて、どんな人なの?」

「一言で言えば、すごい人よ」

 それだけでは、漠然としすぎてわからない。確かに、すごい人には違いないけど、どうすごいのか私には、さっぱりわかりません。

「よかったら、あなたのこととか、大家さんのこと、教えてくれない?」

「いいわよ」

 そういう彼女は、少しずつ、私にもわかるように教えてくれました。

ムツミちゃんに抱かれている小さな怪獣は、彼女の腕の中から、私の膝に飛び乗りました。

恐る恐る触ってみると、緑色の短い毛がフワフワして、ネコみたいな肌触りでした。

お腹を撫でてあげると、大きな丸い目を細くして、嬉しそうに喉を鳴らしています。

これじゃ、ホントに猫を抱いているみたいだ。でも、確かに怪獣なのです。

太くて短いシッポが足に当たると、少し痛い。

「あたしは、魔法の国で、人間のことを勉強したのよ。こっちの世界で言う、学校みたいなもんね。そこを卒業すると、本格的な修行として、女王候補の魔女たちは、人間界に行くの」

「それじゃ、ムツミちゃんの他にも修業に来てる人もいるの?」

「そうよ。あたしは、たまたま、大家さんのところに来てるだけ。でも、メグ様が修行したこのウチに来たということは、あたしが第一候補ってことね」

 そう言って、自慢するように胸を張りました。そして、とんがり帽子を脱ぎました。

帽子の下からは、きれいな金色の長い髪が見えて、先がカールしているので、

ホントに青い目をした外人というか、外国のお人形さんに見えます。

「それで、その怪獣くんは?」

「メグ様が、一人じゃ心細いから、あたしにくれたのよ」

 なるほど、そういうことか。ペット同伴なら、寂しくないかも。

「でも、あなたのお父さんとかお母さんとか、離れているなんて、寂しくない?」

「別に。あたしの両親は、メグ様に使える従者みたいなもんだから、娘のあたしが女王候補になって喜んでいるのよ。次期女王は、必ずメグ様の子供とは、限らないのよ」

 魔法の国には、それなりのルールがあるようだ。

人間の世界のように、親の仕事を子供が後を継ぐなんてことはないらしい。

 そんな話をしているときにも、怪獣くんは、私の膝の上で気持ちよさそうにしている。

「怪獣くんも、こうしてみると、可愛いわね」

「でしょ。可愛いところもあるのよ」

「でも、学校に行くときは、どうするの?」

「いっしょに連れて行くわよ。もちろん、人形としてね」

 怪獣の縫いぐるみを連れて学校に行くなんて、いいのだろうか?

それはそれとして、本題の大家さんについて聞いてみる。

「二葉は、人魚って知ってる?」

「人魚って、人魚姫とか、そういうの?」

「う~ン、微妙だけど、まぁ、そういうことにしてあげる」

 彼女は、すごく複雑な顔をしながら腕を組んで首を傾げた。

「ものすごく昔の話よ。そうねぇ・・・ この国がやっと人間が出てきた頃の話よ。

大家さんが子供の頃にね、猟師の網に人魚が引っ掛かったのよ。漁師たちは、人魚なんて見たことないし珍しかったから、食べてみようということになったの」

「人魚を食べる?」

「今みたいな人間じゃないのよ。もっと、猿に近くて、言葉だって確立されてなかった時代の話よ」

 彼女は、そう前置きして話を進めた。

「それを見た、大家さんは、人魚を助けて、海に逃がしたのよ」

 彼女は、身振り手振りで話を続けた。

「そりゃ、猟師にしてみれば、大迷惑よね。大家さんは、みんなに怒られて、ひどい仕打ちを受けたのよ。海に何度も放り込まれたり、いじめられたわけ」

 なんてひどいことを・・・ その頃の大家さんは、まだ、子供だったはずだ。

大人が子供にそんなことをするなんて、ひどすぎる。

「海に放り出されて、溺れた大家さんを、その人魚が助けたのよ」

「それで・・・」

「その人魚が言ったの。私を助けるために、こんな目にあったことを、心から詫びて、お返しに、自分の鱗を大家さんにあげたの」

「鱗を?」

「二葉は、八百比丘尼って知ってる?」

 私は、首を横に振りました。

「まったく、アンタって、何にも知らないのね」

 彼女は、少し呆れるように言うと、話を続けました。

「人魚の肉を食べると、不老不死になるの。そんな人が昔にいてね。八百歳まで生きて、比丘尼になったの。そんな伝説的な話よ」

 そんなことがあったのかと、私は、感心してしまいました。

「大家さんは、もらった鱗を一口齧ったのよ」

「齧った?」

「食べたというか、齧ったというか、だって、鱗って硬いでしょ。食べられるわけないじゃん」

 それもそうだ。アジやイワシの鱗とは、サイズ違う。

「すると、どうなったか。肉じゃなくて、鱗だったから、年は取るけど、死なない。そうやって、大家さんは何百年も生きてるのよ。その間に、死神とか妖怪とか、あたしみたいな人間以外の生き物の世話をしてきたってわけ」

 私は、心の底から感心してしまった。もう、尊敬するしかない。大家さんのすごさの一端でもわかった気がした。

「それじゃ、大家さんて、いくつなの?」

「さぁ、500歳は、過ぎてるんじゃないの」

 それがホントだとすると、高齢者どころじゃない。そんなに長生きしている人なんて、この世にいない。

「大家さんは、そうしながら、時代を生きてきたのよ。あたしみたいな、人間じゃない者にとっては神様みたいな人ね。だって、大家さんがいなかったら、あたしは、住むところも寝るところもなかったのよ」

 それは、彼女だけではなく、六つ子たちやチェリーさんも同じことが言えるだろう。ひろみくんだって、一人の体に二人の魂が宿っている人なんて、誰も受け入れてくれないだろう。それじゃ、どうして、私は、ここに住んでいるのだろう?

「だったら、どうして、私は、ここにいるんだろう?」

 素朴な疑問を彼女に聞いてみた。

「決まってるでしょ。アンタの名前が二葉だからよ」

「名前が?」

 彼女は、首を傾げている私を見ながら、やれやれと言った顔をして話をしてくれた。

「おばちゃんと六つ子たちの名前は?」

「一文字さんでしょ」

「だから、一号室。チェリーの名前は?」

「三倉さんですよね」

「だから、三号室。四号室は、死神でしょ。四に神って書くけどね」

「それじゃ、五月女だから、五号室」

「そういうこと。だから、アンタは、二葉だから、二号室なのよ」

 言われてみて、初めて意味がわかった。なんか、喉に詰まっていたものが、落ちた気がした。

「そういうことだったのね」

「今頃わかったの? 二葉って、鈍いわね」

「でも、二葉という名前の人は、私以外にもいると思うよ。なんで、その中から、私なんだろう?」

「さぁ、それは、大家さんに聞いてみたら」

 それは、後でチャンスがあれば、聞いてみようと思うことにした。

「さて、それじゃ、行くわよ」

「行くって、どこに?」

「決まってるでしょ。上よ、上」

「上?」

 彼女が上を指さすので、天井を見上げた。

「もっと上よ」

 そう言うと、指をパチンと鳴らした。すると、部屋の隅に立てかけられたほうきが

私たちの前にフワッと現れた。

「乗って」

「乗るって、どこに?」

「何度も言わせないでよ。ここよ、ここ」

 彼女は、当たり前のようにほうきを跨ぐと、後ろのほうきの部分をパンパン叩く。

まさか、ホントにこれに乗って、空を飛ぶとでもいうのか?

「アンタ、あたしが魔女だっての信じてないから、信じさせてあげる。だから、早く乗りなさい」

「イヤイヤ、私は、大丈夫だから・・・」

「いいから、乗りなさいって」

 そう言うと、怪獣を抱いたままの腕を引っ張られて、ほうきを跨いでしまった。

「怪獣、いつまでも寝てないで、こっちに来なさい」

 彼女は、そう言うと、私の腕の中にいた怪獣くんが目を覚ました。

そして、彼女の肩に飛び乗ると、金髪の長い髪をまとめていろリボンを持ちながら

三角帽子を被り直すと、私の両手を持って、自分の腰に回した。

「しっかり捕まってね。落ちても、助けないから」

「えっ、ちょっと待って・・・」

 私が口籠っていると、またしても指をパチンと鳴らした。

すると、音もなく、さっき粉々に割れて、元に戻った窓が開いた。

「行くわよ。空飛ぶほうき、飛びなさい」

 そう言うと、私を乗せたほうきが庭に飛び出した。

「あの、ムツミちゃん、ちょっと、待ってよ」

「それぇ~!」

 私の言葉など聞いていないのか無視して、足で床を蹴ると、ほうきは、そのまま上に上がっていった。

「待って、待って、待って・・・」

「ちょっと、バランスを崩すと、ホントに墜落するわよ」

 そう言われて、私は、彼女の腰に回して手に力を込めて、小さな背中に抱きついた。脚が地面から離れてどんどん上昇して行ったのです。

「ほら、下を見てごらん」

 そう言われて、ギュッと瞑った眼をゆっくり開いてみた。

すると、私の目に飛び込んできたのは、夢か幻か、今まで見たこともない景色でした。

 下を歩く人たちがアリのように小さく、車がミニカーよりも小さく、走る電車がおもちゃのようでした。

さらに、前を見ると、高層マンションの最上階が見えました。

「どぅ、すごいでしょ」

「すごい、すごい!」

「それじゃ、行くわよ」

 そう言うと、ほうきがビュンと勢いよく飛び出しました。

「キャァァァ~・・・」

「ちょっと、うるさいわね」

「だって、だって・・・」

「しゃべると、舌を噛むわよ」

 私は、唇を噛み締めました。

「もっと、ゆっくり・・・」

「なに言ってんのよ。これくらいで、ビビってどうすんの。スピードを上げるわよ」

「ヒャァ~」

 声にならない声をあげながら、ほうきはすごい勢いで飛んでいきます。

そして、右に左に回転しながら、空を飛びます。

 少しずつ慣れてくると、顔に当たる風が気持ちいい。

髪が風になびいているのがわかる。彼女の金色のサラサラヘアーも風に舞い上がっている。リボンにしがみついている怪獣くんも、まるで、大怪獣のように、空に向かって吠えている。

 前を見ると、夕やみ迫るオレンジ色の太陽が見えた。

「きれい・・・」

「そうよ。夕焼け空って、一番きれいなのよ」

 彼女は、そう言って、沈みゆく太陽に向かって飛び続けた。

「なれると、気持ちいいわね」

「でしょ、でしょ。二葉とは、気が合いそうね」

 彼女は、うれしそうな声を上げました。

「どう、これで、あたしが魔女だってこと信じた」

「信じた、信じた。もう、すっごい信じたわ」

「よろしい。それじゃ、暗くなる前に帰ろうか」

 そう言うと、空飛ぶほうきは、Uターンして、アパートに向かって飛んでいった。

ときどき、空をカーブしながら、スリル満点のジェットコースターに乗っているみたいだ。

「ムツミちゃん、ありがとね」

「これくらい、お安い御用よ。いつでも乗せてあげるから」

 それは、少し遠慮したい。そんなに気やすく乗るものじゃない。

「あのさ、窓に激突しないでよ」

「わかってるわよ。今度は、うまくやるから」

 大丈夫かしら? 今度はってことは、さっきみたいに失敗することもあるんだろう。

ガラス窓に激突なんて、絶対イヤだ。

「ムツミちゃん、頼むわよ」

「大丈夫だって」

 そう言うと、空飛ぶほうきは、だんだん速度を緩めて、地面が大きく見えてきた。

「アレが、どれみふぁ荘の屋根よ」

 言われてみると、木造の建物で、瓦屋根が見えてきた。玄関の上に立っている時計台もはっきり見えた。

「もうすぐだからね」

 ほうきは、アパートの屋根を旋回しながら下に降りてきた。

そして、ほうきは静かに地面に降りてくると、自分の足が地面に着いた。

「ねぇ、大丈夫だったでしょ」

 私は、首を縦に振ることしかできませんでした。

脚が地面に着いたことで、ホッとしたのと、無事に帰れた奇跡に、感動していました。

 私は、ほうきから降りると、大きく息をついた。

「こらぁ! 何度言ったらわかるんじゃ。勝手に空飛ぶほうきで遊ぶんじゃない」

 大家さんが、窓をから出てきていきなり怒られました。

「二葉に魔女だってことを見せてやっただけよ」

「バカもん。二葉は、人間なんじゃ。何かあってからじゃ、遅いんじゃぞ。このバカちんが」

「そこまで言うことないでしょ」

「まったく、そんなことだから、いつまでたっても魔女見習いのままなんじゃ。これは、わしが預かっておく」

 そう言うと、空飛ぶほうきを彼女から奪い取りました。

「二葉も二葉じゃ。お前さんは、普通の人間なんじゃよ。落ちたらどうするんじゃ。大人なんだから、もっと、自覚を持て」

「ごめんなさい」

「わかればいいんじゃ。入って来い。今夜は、お前さんの歓迎会じゃ。主役がいなくてどうする。

ムツミは、他の住人を呼んで来い」

「ハ~イ」

 むくれながらも彼女は、他の住人たちを呼びに行った。

そして、今夜は、私の歓迎会らしい。なんだか、ドキドキしてきた。

まさか、かくし芸とかムチャ振りされたらどうしようなんて思いながら、食堂に上がりました。

 そこで、またしても、どれみふぁ荘の七不思議のひとつである、謎の賄さんとの出会いが待ち受けていました。


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