第5話 五号室の住人
『アレ、キミ、誰?』
そう言ったのは、まぎれもない、セーラー服の女子高生です。
ショートカットがよく似合う、目がパッチリして、美少女というのがピッタリくる、可愛い女の子でした。でも、声は、まぎれもなく、低くて太い男子の声です。
『可愛いねぇ。名前は、なんていうの? もしかして、お客さん? 誰に会いに来たの?』
ちょっと待って・・・ 今、私の頭の中は、思考回路がショートしてます。
女子高生が、男の子の声で話している。しかも、話し方が男の子で、女子が男子の真似をして話している雰囲気ではありません。
「お兄ちゃん、やめてよ。この人、ビックリしてるじゃん」
『だって、可愛いんだもん』
「可愛い子を見ると、すぐにナンパするの、やめてくれない」
『いちいち、うるさいよ』
何してるの? 一人で会話をしている。もしかして、腹話術かなんか?
そんなはずはない。人形なんて持ってないし、目の前には、セーラー服の女の子がいるだけです。
「ごめんね、ビックリしたでしょ。あたし、五号室の五月女ひろみと言います」
『俺も、五月女ひろみね』
「お兄ちゃんには、聞いてない」
『うるさい。自己紹介してんだから、お前は、黙ってろ』
ダメだ。頭が追い付かない。いったい、この子は、何者なんだろう?
そこに、一号室から一文字のおばさんが出てきました。
「おや、ひろみちゃん、お帰り。いきなり、一人兄妹ケンカかい」
「ねぇ、おばちゃん、この人、誰なの? なんか、ビックリして、固まっちゃってるんだけど」
「おやまぁ・・・ ほら、しっかりしなさい。アンタのが、年上なんでしょ」
そう言って、おばさんに背中を叩いてもらって、やっと現実に戻りました。
「あっ・・・ えっと、あの、今日から、二号室に越してきた、春野二葉と言います。よろしくお願いします」
『へぇ~、二葉ちゃんていうんだ。可愛い名前だね』
「お兄ちゃんは、黙ってて。二葉さん、こちらこそ、よろしく」
「ハ、ハぁ・・・」
おばさんは、私の様子を見て、おかしかったのか笑いながら言いました。
「最初は、仕方がないね。とにかく、立ち話もなんだから、食堂で話しなさい」
そう言って、私は、再び食堂に逆戻りになりました。
「大丈夫だから、ちゃんと話を聞いてあげなさいね」
おばさんは、そう言うと、夕飯の買い物に行くと言って、出掛けて行きました。
食堂のテーブルに向かい合って、セーラー服の女子高生と座りました。
「驚いたでしょ。あたしとお兄ちゃんは、双子の兄妹なの。親がどっちが生まれてもいいようにって、同じひろみってつけたのよ」
なるほど双子か。でも、名前も同じって、意味がわからない。
「それとね、あたしの体には、お兄ちゃんの意識も入っているの。だから、さっきみたいなことになるのよ」
この子の言ってる意味がわからない。まったく、何のことなのかわからない。
「えっと、大丈夫ですか?」
「ハ、ハイ・・・」
「だから、あたしとお兄ちゃんは、双子なの」
「そこは、わかります」
「だけどね、お兄ちゃんは、魂だけで、意識はあるけど体はないの。だから、あたしの体を貸してあげてるの」
もう、わからない。魂だけとか、意識はあるけど、体はないとか、だから体を貸すとか、チンプンカンプンで、頭の上には、?マークが数えきれないくらい見えるはずです。
そんな私の様子を見て、彼女は、小さなため息をついて、私にもわかるように優しく話をしてくれました。
「あたしたちは、この近くの帝丹高校の三年生なの。お兄ちゃんは、そこの野球部のエースで四番なのよ」
「すごいじゃない」
ここは、私にもついて行ける。でも、今、話しているのは、正真正銘の女の子だ。
「去年のお正月にね、お父さんが運転する車で、お母さんとお兄ちゃんと四人で、温泉に行ったのよ」
なんだか、話が横道にずれてきた気がするけど、そこは、黙って話の続きを聞くことにした。
「その時ね、高速道路を走っていた時、暴走してきたトラックの事故に巻き込まれたの」
「えーっ!」
いきなり、ビックリするような話に、思わず声が出てしまった。
「ちょっと、落ち着いて聞いて」
「ご、ごめんなさい」
彼女は、私の驚きようを見て、立ち上がりかけた私の肩に手を置いて、椅子に座らせました。
「両親は、その場で即死。お兄ちゃんも意識不明の重体。あたしは、軽いケガで済んだのよ。でもね、それは、お兄ちゃんがあたしを守ってくれたからなの」
その話を聞いて、私は、目頭が熱くなりました。そんな不幸な出来事があったなんて・・・
なんて言って言葉をかけたらいいか、いきなりのことに私は何も言えませんでした。
「あたしは、病院に担ぎ込まれたの。お兄ちゃんは、意識不明で手の施しようがなかったのね。その夜、あたしは寝ていると夢を見たの。そこに、お兄ちゃんが出てきて、こう言ったの」
彼女は、ゆっくりと、そして、落ち着いた顔で言いました。
「俺は、死にたくない。甲子園で優勝したいんだ。だから、まだ、死にたくない。お前の体を貸してくれ。一年でいい。今年の夏に、甲子園で優勝するまで、お前の体を貸してくれって、言ったの」
私は、余りのことに、彼女の話に聞き入っていました。
「翌朝、目が覚めたら、ホントにあたしの体の中に、お兄ちゃんがいたの。そりゃ、ビックリしたわよ。一人の体に、二人の意識があるんだもん。夢かと思ったわ。でもね、あたしが無傷で助かったのは、お兄ちゃんが守ってくれたからなのも事実よね。だから、お兄ちゃんの夢をかなえるために、体を貸したの」
なんていい話なんだろう・・・ いきなり、両親と兄を亡くして、一人ぼっちになった彼女の気持ちを思うといたたまれない。なのに、目の前の彼女は、明るく笑って話している。
「お兄ちゃんがいなくなったら、あたしは一人ぼっちになるでしょ。唯一の肉親だもん。それは、寂しいじゃない。だから、お兄ちゃんがあたしの体にいるのは、うれしいんだ」
そう言って、笑う彼女は、とても健気で美しい。
涙もろい私は、すでに目が真っ赤になって、鼻を啜っていた。
「もう、なに、泣いてんのよ」
彼女は、そう言って、ハンカチを貸してくれました。
私は、涙をハンカチで拭いながら、彼女の話の続きを聞きました。
「悪いのはトラックの方だし、保険も降りたし、お金はそれなりにできたけど、あたしは、一人ぼっちでしょ。まだ、学生だし、一人で生きていくには、大変じゃない。それに、体の中には、もう一人、お兄ちゃんがいるし、そんなこと、誰にも言えないからね」
「うんうん、それで、どうなったの」
「一人の体の中に二人の意識があるなんて、普通は怖いよね。そんなこと誰にも言えないし、どうしようと思った時に、大家さんに声をかけてもらって、ここに越してきたのよ」
また、大家さんだ。いったい、大家さんて、どこまですごい人なんだろう・・・
「それで、お兄ちゃんには、野球を続けることになったのよ」
「そうなんだ・・・ よかったね」
「それがさ、そんなに良くないのよね」
彼女は、半分笑いながら言った。
「お父さんは、元プロ野球選手で、お母さんもソフトボールの選手だったの。だから、小さいころからお兄ちゃんは少年野球。あたしは、ソフトボールをやらされてね。お父さんがなしえなかった、甲子園に出て優勝するのがお兄ちゃんの口癖で夢なのよ。それに付き合わされるあたしの身になってよ」
確かにそうかもしれない。男子に混じって、野球をやるなんて、女子には無理だ。
「でも、甲子園て、男子しかダメなんでしょ」
「そうそう、だから、大変なの。これ見てよ」
そう言って、入学式に校門で撮った写真を携帯で見せてくれた。
そこに映っていた女の子は、きれいな黒髪が肩より長い、ひろみちゃんだとわかる。
だけど、今、目の前にいる彼女は、ショートカットの短い髪になって帽子を被ったら、男の子と見分けがつかない。
「もしかして・・・」
「そうよ。お兄ちゃんに体を貸すって言った次の日に、髪をバッサリ切ったのよ」
「そんな・・・」
「しょうがないじゃん。女子は、甲子園に行けないんだもん」
「だからと言って、切ることはないんじゃないの?」
「いいのよ。これも、あたしの決意表明だから。だから、なにがなんでも、甲子園で優勝してもらわないとあたしだって、気が済まないしね」
なんということだ。女の命と呼ばれる髪を切るなんて・・・ そこまでお兄さんのことを思っている彼女のことを思うと、また、涙が溢れてきた。
私は、ハンカチで涙を拭いて、息を整えると、聞いてみた。
「だけど、男子に混じって野球なんて、女子の体には、体力的に大変なんじゃないの」
「まぁね。もともと、小さいころからソフトボールしてたから、体力には自信はあるけど、さすがに男子といっしょになると、ついて行くのがやっとだからさ、体力作りに、毎朝10キロ走ってるのよ」
「10キロ! 」
今の私の体力では、1キロだって走れない。
「でも、体は女子なんでしょ。ばれたらどうするの?」
「そこなのよ」
彼女は、そう言うと、いたずらっ子みたいに笑いながら話を続けた。
「ウチの野球部の監督ってのが、熱血野球バカなのよ。それも、女よ女。女監督なのよ」
「監督が女性なんですか?」
「そうなのよ。元、女子プロ野球の選手なのよ。自分ができなかった甲子園の夢を、監督になって叶えようとそりゃ、やる気満々で、大変なのよ」
それは、大変だ。話を聞いただけでも、ゾクッとした。
「でもね、今年のウチは、強いのよ。甲子園も夢じゃないし、お兄ちゃんがいれば、優勝だって夢じゃない。だから、監督は、大張り切りなのよ。そんな時に、お兄ちゃんが死んだなんて言えないじゃない」
確かにそうだ。一番頼りにしていたエースで四番が、突然死んだなんて聞いたらどう思うか・・・
「幸か不幸か、あたしとお兄ちゃんの名前が同じひろみだから、うまくごまかせたのよ」
「そんなことできるの?」
「学校では、女子のあたしで、野球の時だけ、お兄ちゃんに入れ替わる。一人二役ってことね」
「でも、ばれたら、どうするの? もし、優勝できたとしても、失格になったり、最悪、退学なんてことになるかもよ」
「その時は、その時よ。大家さんもいるし、ここの住人たちが何とかしてくれるわ」
彼女は、意外にのん気そうだ。
「それで、甲子園で優勝したら、お兄さんは、どうなるの?」
一番聞きたいことだ。その時、お兄さんは、どうなるのか・・・
「さぁ、どうなるのかしらね。死神さんに聞いてみたら?」
「死神さんに・・・」
「お兄ちゃんの話じゃ、この世に悔いを残して死にたくないから、妹のあたしの体に魂を移す代わりに優勝したら、魂をもらうって約束したらしいわよ」
「そんな約束・・・ それじゃ、もし、優勝できなかったら?」
「それは、わからないわ。お兄ちゃんも死神さんも、優勝した時のことしか言わなかったから」
「それじゃ、絶対に、負けられないじゃない」
「そうよ。だから、毎日、練習してるのよ。もうすぐ、地区予選だしね」
私は、高校野球の甲子園については、余り知識がない。私の行っていた高校には、もちろん野球部は合ったけど地区予選にすら出られないくらい、部員が少ない弱小野球部だった。
だから、甲子園というのは、テレビでたまに見るくらいしかなかったので、高校野球には詳しくない。
でも、今年は違う。私は、彼女とお兄さんを応援する。たった今、心に決めた。
「私、応援に行くからね。私、あなたとお兄さんのファンになったわ。だから、私にできることがあったら何でも言ってね。絶対に、応援に行くから」
そう言って、彼女の手を握りしめながら泣いていた。
『そう言ってくれるのは、うれしいけど、見に来るなら、甲子園の決勝戦にしてくれないかな?』
いきなり、声が変わった。今度は、男の子の声になった。
「えっ?」
私は、ビックリして、握っていた手を放そうとした。しかし、逆に強く握られて離してくれない。
『二葉ちゃんに優勝したところを見てほしいんだ。だから、それまでは、テレビで応援して』
「ひろみくん・・・ 今、話してるのは、ひろみくんよね」
『そうだよ』
「わかったわ。その代わり、絶対、優勝してね」
『任せてくれよ。俺、強いんだぜ』
「うん、がんばってね」
『おぅ』
そう言って、やっとひろみくんは、手を離してくれました。
「でも、妹さんには、あまり無理させちゃダメよ。あなたは強くても、体は、女の子だからね」
『わかってるよ。あいつには、頭が上がらないんだ。俺のわがままを聞いてくれて、体を貸してくれたんだからな』
そう言って、俯く彼は、妹思いなんだというのが見てわかる。
事故の時に、自分の体を犠牲にしても、妹を守ったことが、何よりの証拠だ。
『これでも、妹には、感謝してるんだ。俺の夢に付き合わせてるんだもんな』
「だから、がんばって。妹さんのためにも、ご両親のためにも」
『そうだな。負けて死んだら、死にきれないもんな。それに、必ず勝って死ぬって、死神と契約したし、負けてられないよ』
死神さんと契約って・・・
「それ、どういうこと?」
『夢半ばで死ぬと、迷って出てくるんだって。死ぬことも生きることもできない、幽霊みたいな感じで成仏できないらしいよ。それじゃ、親父と母さんに会えないじゃん。だから、ちゃんと死ぬって決めたんだ。でも、それは、優勝してからってことで
それまで死ぬのを待ってくれたんだ。案外、死神って話がわかる奴だぜ』
それを話がわかるというのかは置いといて、今は、とりあえず、死なずに済んでいる。
『それにさ、俺がいなくなったら、あいつは、ホントに一人ぼっちになるだろ。それが心配でさ』
「やっぱり、お兄さんね。妹さんのことが心配なのね」
『当り前じゃん。もう、この世には、俺しかいないんだぜ。俺が面倒見なきゃ、どうすんだよ。ホントは、嫁に行くまで、俺がそばについていてやりたいんだけどさ・・・』
「冗談じゃないわよ。お兄ちゃんがいたら、お嫁になんて行けないじゃない」
『うるさい。お前に、変な男が近寄ってこないか、心配してるんじゃないか』
「それが余計なお世話っていうの」
『なんだと』
「なによ」
「あの、ちょっと、一人兄妹ケンカは、やめようよ」
私は、慌てて間に入って、ケンカを止めた。
なるほど、これが、おばさんが言ってた、一人兄妹ケンカってやつか・・・
こうして事情が分かると、私にも理解できる。
「とにかく、ケンカしないで、仲良くしようよ。二人きりの兄妹なんだからさ」
私には、二つ年上の兄がいるので、彼女たちとは、同じなので気持ちもわかる。
兄は、私が東京で一人暮らしをすることに、最後まで反対だった。
「ちなみに、お兄ちゃんが意識を飛ばすときは、お風呂とトイレの時と学校で勉強してる時だから、双葉さんは、余計な心配しなくて大丈夫よ」
それを聞いて、少しホッとした。いくらなんでも、お風呂やトイレの時も意識があったら、恥ずかしいにもほどがあるから・・・
「あたしの話は、これでおしまい。これから、仲良くしてね」
「こちらこそ、よろしく」
「なんか、わからないことがあったら、何でも言ってね。それと、お兄ちゃんがナンパしてきても、本気にしないでね」
「わかったわ」
そう言って、二階に行く彼女と、笑顔で別れた。
それにしても、すごい過去だ。一人の体の中に二人の魂があるなんて、そんなことがあり得るのか? きっと、死神さんならできるんだろう。でも、ご両親を一度に亡くすなんて、私には想像できない。
私の両親は、今も田舎の実家で元気に暮らしている。二人の強い絆に、改めて感心した。
食堂に一人になった私は、二号室の自分の部屋に戻ろうと、廊下に出ました。
すると、食堂の方から、ものすごい音が聞こえてきました。
思わずその場にしゃがみこんでしまいました。地震でも起きたのかと思いました。
廊下でへたり込んでいると、三号室からチェリーさんが、一号室から六つ子たちが出てきました。
「どうしたの?」
「チェ、チェリーさん、地震が・・・」
私を助け起こそうとするチェリーさんにしがみつきました。
「大丈夫よ。いつものことだから」
「そうだよ、お姉ちゃんもだらしがないなぁ」
そばで六つ子たちに笑われてしまいました。
「で、でも、すごい音が・・・」
「いつものことよ」
そう言って、私を支えながら、食堂に戻りました。
私より背の低い白衣姿の中学生の女の子である、チェリーさんに支えられるとは我ながら情けない。
そして、そっと食堂を覗くと、特に何もありませんでした。
「あっちよ」
そう言って、食堂の奥の和室の方に行くと、驚きの展開が私を待っていました。
「アイタタ・・・」
そう言って、畳に尻もちをついていたのは、小さな可愛い女の子でした。
それが、私と魔女見習いとの初めての出会いでした。
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