第3話 三号室の住人。

 「あの、初めまして、二号室に越してきた、春野二葉です。よろしくお願いします」

 私は、丁寧に挨拶すると、その子が言いました。

「アンタ、ロボット好き?」

「えっ?」

「いいから、こっち来て」

 挨拶もそこそこに、いきなり手を引かれて三号室に連れ込まれました。

「あ、あの、ちょっと・・・」

「いいから、いいから」

 部屋に入ると、私の部屋以上に何もありませんでした。

家具もふとんも、ホントに何もないのです。

私は、部屋の真ん中でボーっと突っ立っていると、彼女は、押入れを開きました。

「こっちこっち」

 彼女は、長すぎる袖をブラブラさせて私を呼びました。

見ると、押入れには、ふとんも何もありません。

彼女は、屈んで押入れの床を開けました。

「えっ!」

 私は、ビックリして、思わず声が出てしまいました。

「こっちよ」

 彼女は、床下を開けると、その中に入っていったのです。

「まさか、地下室・・・」

 私が独り言のように呟いているのも聞かず、彼女は、その中に入っていったのです。

「早く、早く」

 彼女に言われて、私も体を屈んで中を覗くと、床下に階段がありました。

「降りてきて」

 彼女は、階段を下りていきました。

私は、なにがなんだかわからないまま、彼女に言われるとおり、階段を恐る恐る降りました。

 階段は、地下室らしいところに通じていて、ゆっくり降りると、下に着きました。

「どう、すごいでしょ。あたしの秘密基地なのよ」

 私の目の前には、信じられない光景がありました。

大きなモニターがいくつもあって、世界中のニュースがインターネットで繋がっているらしく机の上には、パソコンのキーボードが並んでいました。

「なに、ここ・・・」

「すごいでしょ。全部、あたしが作ったのよ」

「作ったって・・・」

 こんな小さな女の子が、こんな機械を作れるわけがありません。

どう見ても、中学生か小学校高学年くらいにしか見えない小さな女の子です。

 また、モニターだけではありません。ホワイトボードもいくつか並んでいて、

そこには、数式や読めない文字がたくさん書かれていました。

英語なのか、ドイツ語なのか、さっぱり分かりません。

「これ見て」

 部屋の中央には、まるで、手術台のような大きなベッドが横たわっています。

そこにかかっている白い布を取りました。

「な、な、何ですか、これ?」

「ロボットよ。正確には、人造人間。まだ途中なんだけどね」

「これを、あなたが作ってるんですか?」

「そうよ」

「あなた、いったい・・・」

 ベッドに横たわっていたのは、機械がむき出しの人間らしいロボットでした。

だいたい、人造人間て何なのか、私にはわかりません。

「あなた、ロボピョンは、もう見た?」

 なんだっけ・・・どっかで聞いたような名前だ。しかも、ちょっと前のことだ。

思い出そうと頭をひねっていると閃きました。

「あの、うさぎの洗濯ロボットのこと?」

「そうそう。アレ作ったの、あたしだから」

「えーーっ!」

 あのロボットをこの子が作ったなんて、とても信じられない。

「結構、よくできてるでしょ。みんな、ピョン太って呼んでるけどね」

 よくできてるというより、出来過ぎてる。言葉は話すし、一人で歩くし、洗濯までする。オマケにうさぎの姿をしていて可愛い。いったい、この子は、何をしているのだろう?

「そうそう、紹介がまだだったわね。あたしは、三倉千枝子。みんなは、チェリーって呼んでるの。よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 確かに、名前がサクラで、千枝子だから、チェリーっていうのは、わかる気がする。

「もっとも、この名前は、仮の名前で、ここの大家さんがつけてくれたの。恥ずかしいけど、自分の本名って知らないんだ」

 自分の名前を知らないって、この子はいったい・・・

「そうだ。あなた、えーと、名前は・・・」

「春野二葉です」

「二葉ちゃんて、いくつ?」

「えっ、年ですか?」

「そうそう」

「21歳ですけど」

「それじゃ、あたしより年下ね」

「はぁ?」

 どう見ても、私のが年上な気がするけど、いったい、この子は、いくつなんだろう?

「こう見えて、あたしは、24歳の大人の女だからね」

「はいぃ?」

「あっ、今、どう見ても、子供じゃないって、思ったでしょ」

「えっ、いや、そんなことは・・・」

「いいから、いいから。みんな初めて見た人は、そう思うからね」

 彼女は、軽く笑って言いました。

「それじゃさ、もっと若くなりたいとか、思ったりしない?」

 いきなり、何の話だろう? 返事に困っていると、彼女が言いました。

「まだ、二葉ちゃんは、若いから気にしないけど、あなただって、20年後、30年後、50年後は、どうなってると思う? おばちゃんになって、おばあさんになって、顔は皴だらけ。髪は白髪。腰が曲がって、オッパイだって垂れちゃうし、ヨボヨボになるでしょ」

 そう言われて、私は、自分の顔や胸に思わず手をやった。

そんな先のことなど、今は、考えたことがない。

「女は、いつだって、いつの時代でも、若さを保っていたい。そうでしょ」

 私は、彼女の話に思わず首を縦に振ってしまいました。

確かに、今は私も若いけど、いずれは年を取る。人は、年を取れば老いて行くのは、仕方がないことだ。でも、自分が年を取った姿など、今は想像できない。

「そこで、これよ」

 そう言うと、彼女は、反対側の机から、小さな小瓶を二つ私に見せました。

見れば、機械やモニターが置いてある机とは反対に、見るからに怪しそうな理科の実験器具が置いてある机もありました。

色とりどりの謎の液体が入っている試験官がいくつも並んで、ビーカーにも色鮮やかな液体が入っています。まるで、学校の理科室のようでした。

「なんだか、わかる?」

 目の前に付き出された二つの小瓶には、黄色の丸いアメのようなものと、緑色の丸いアメのようなのが入った小瓶がありました。

「アメですか?」

「ピンポーン! 大正解。これは、不思議のキャンディーなのです」

 彼女は、両手を腰に置いて、胸を張って、大威張りのドヤ顔です。

「この黄色いキャンディーを舐めると10歳若返って、緑のキャンディーを舐めると10歳年を取るってわけ」

 頭の中がパニック状態でした。マンガかアニメで、よく見るパターンです。

それが、現実に私の目の前に付き出されても信じられません。

「あら? その顔は、信じてないって顔ね」

「えっ、いや、そういうわけじゃ・・・」

「それじゃ、今、証拠を見せてあげるから」

 そう言うと、緑のキャンディーの蓋を開けて、一粒手に取ると、口に入れようとしました。

「ちょ、ちょっと待って。ダメよ、危ないから」

「大丈夫。これも、あたしが作ったんだから」

「でも、もしものことがあったら、どうするの?」

「平気よ。いつも舐めてるから」

「でも・・・」

「わかったわよ。だったら、信じてくれる?」

「信じる。信じるから、やめて」

「しょうがないなぁ」

 彼女は、渋々手に取ったキャンディーを小瓶に入れて蓋をしました。

私は、少しホッとしました。もし、舐めた途端に、何かが起きたら、どうしたらいいか自信がありません。

「でね、このキャンディーを、量産して、売り出したら、あたしは、億万長者になれるのよ。ノーベル賞をもらえるかもしれないわよね」

 それは、無理でしょ。そんな怪しいものが、世間に売りに出せるわけがない。

「また、こんなもの売れないって、思ったでしょ」

 私は、慌てて首を横に振りました。この子は、私の思ってることがわかるのかしら? 人の心を読めるのかもしれません。

「まぁ、いいわ。そのウチ、わかるから。女は、いつだって、若さが欲しいんだから」

 彼女は、少し残念そうな顔をしながら、小瓶を机に置きました。

「あの、ところで、あなたは・・・」

「チェリーでいいわよ」

「それじゃ、チェリーさんは、どうして、そんな姿なんですか? どう見ても、子供にしか見えないんですけど」

 もしかしたら、失礼なことを聞いたのかもしれない。

「あっ、でも、失礼だったら、ごめんなさいね」

 私は、すぐに謝りました。

「いいのよ。気になるものね。仕方ない、一度しか言わないから、ちゃんと聞いてね」

 チェリーさんは、そう言うと、椅子に座りました。私にも椅子を進めてくれて、

向かい合うように座りました。

「あたしはね、生まれてすぐに、親に売られたの」

 いきなり、ヘビーな話を聞いて、私は、どうしたらいいのかわからず、ただ黙るしかありませんでした。

「どこの国で生まれて、名前は何なのか、親の顔も知らないまま、知らない人に売れたのよ。そこは、どこかの国の科学研究所で、赤ちゃんの頃から、ミルクの代わりに、変な薬を飲まされたり化学療法という目的で、体に管を付けられて、点滴されたり、電気を流されたり、生体実験の毎日だったのよ」

 なんという話だ。そんな酷いことが、今の世の中で、行われているなんて、知りませんでした。

「早い話が、モルモットね。毎日、実験台になって、十年、二十年過ぎたけど、今まで、よく生きてるよね」

 チェリーさんは、笑って話しているけど、笑って聞けるような話ではない。

「何度も逃げようと思って、脱走したけど捕まってさ、連れ戻されると拷問を受けてさ、もう、逃げるのは諦めたのよ」

 もう、聞くに堪えない話です。私は、その悲惨な過去に、悲しすぎる経験に、泣かずにいられません。

「泣くほどの話じゃないわよ」

 自然と涙を流している自分に、チェリーさんは、明るく言って、長すぎる白衣の袖で頬に流れる涙を拭いてくれました。

「自分でも思うわよ。よく、今日まで、生きていられるなぁってね。感心するわ」

 明るく話せば話すほど、私には想像もつかない過去が悲しすぎる。

「おかげで、24歳になっても、この通り、成長しなくなってね。今じゃ、14歳の中学生よ」

「そんな・・・」

「長年、薬を飲んでたから、その副作用なのね。これ以上、成長しなくなったのよ。

でも、年は、取るから、若いまま年だけは取るのよ」

 私は、そんな彼女をまっすぐに見られませんでした。

「あたしが、二葉ちゃんと同じころね、研究所が火事になったの。実験の失敗で、大火事になったのね。研究所は爆発するし、もう、大変だったの」

 彼女は、身振り手振りを混ぜて、昔のことを思い出すように話を続けた。

「ここから逃げ出すチャンスだと思って、持てるだけの資料を持って、あたしも逃げたの。どこをどうやって逃げ出したのか、今になっても思い出せないけど、貨物船に隠れて逃げたのよ。それが、日本だったってわけ」

 私は、感心しきりでした。とにかく、無事に逃げられてよかった。

「そうは言っても、日本なんて国は知らないし、言葉もわからないし、子供の姿だからどうすることもできなくてね。行き倒れたのが、このアパートの前で、大家さんに拾ってもらったのよ」

 私は、ホッとして、椅子の背もたれに背中を預けた。

「言葉を教えてもらって、名前も付けてもらって、今じゃ、立派な中学生よ」

 ここまで話を聞いて、ピョン太のことや不思議なキャンディーのことなどが理解できました。

「大家さんに頼んで、この秘密基地を作らせてもらって、持ち出した資料を基に、ピョン太を作ったのよ」

「でも、そこって、医学研究所みたいなところなんでしょ?」

「そうよ。でもね、薬の副作用で、脳が活性化しすぎて、天才になっちゃったの。そこは、医学や科学だけでなくロボット工学もしてたのよ。ちなみに、このキャンディーは、自分の体を基にして作ったのよ」

「自分の体ですか?」

「何年も変な薬を飲まされてたのよ。イヤでも、どんな薬か、名前くらいは、覚えるでしょ。名前がわからなくても、自分の体が忘れないから、薬品が手に入れば簡単よ」

 そんなあっさり言うほどのことじゃないと思うけど、チェリーさんは、いたって明るい。

「そんなわけでさ、今じゃ、ここに世話になってるってわけ。だから、二葉ちゃんもこれが必要な時は遠慮なく言ってね。一粒や二粒くらいなら、あげるから」

 そう言って、二種類のキャンディーの小瓶を私に見せてくれた。

私は、苦笑いを浮かべるしかできませんでした。きっと、それは、私には、必要ないだろう。

「ちなみに、これは、即効性だけど、効き目は約10時間くらいだから、時間を過ぎると、自動的に元に戻っちゃうのよね。今は、もっと、長時間、持続できるように研究してるわけ」

 チェリーさんは、天才少女なんだ。そんな彼女が、中学生だなんて、間違ってる。

「ちなみに、このアパートの近くの、帝丹中学に通ってるのよ」

 きっと、チェリーさんの頭の良さでは、中学生の勉強なんて、朝飯前どころか、目をつぶっても解けるのではないだろうか?

私は、ほとほと関心仕切りで、体がドッと疲れた気がしました。

それにしても、すごい過去だ。一文字のおばさんもそうだけど、チェリーさんもすごい過去を持っている。

それに引き換え、私など、まったく平々凡々な過去しかない。

「さて、話が長くなって、お腹が空いたわね。上でお茶でもしない?」

 チェリーさんの提案で、一階に戻ることにしました。実は、私は、想像もできない話の連続に喉がカラカラでした。

「それじゃ、上に行きましょう」

 彼女は、そう言って、立ち上がると、階段を昇りました。

「あ、痛っ!」

 彼女は、長すぎる白衣の裾を踏んづけて、見事に転んでしまいました。

「だ、大丈夫? 気を付けて」

「平気、平気。いつも、裾を踏んで、転んじゃうのよ」

 やっぱり、サイズを直した方がいい。出来れば、私が、直してあげたい。

「よいしょ、よいしょ」

 彼女は、急な階段を両手をつきながら上がっていく。

こんな小さな体になっても、明るい彼女のことを思うと、なぜだか応援したくなる。

それにしても、大家さんという人は、心が広いというか、親切な人で、もしかしたら、私も縁があってここに導かれた気がしました。

 一階に戻ると、チェリーさんと食堂に行きました。

「ねぇ、チェリーさん、その白衣、ちょっと大きすぎるんじゃない?」

「そうなのよね。でも、あたし、学校の制服とこれしか持ってないのよね」

 チェリーさんは、白衣をズルズル引きずりながら言いました。

「私でよければ、サイズを直してあげようか?」

「ホント! それは、うれしいわ」

 チェリーさんは、そう言って、嬉しそうに笑って、私の手を取って、飛び上がって喜んでいました。

そこまで、喜ばれるようなことを言ったわけではないのに、そんな彼女を見ると、

ちゃんと直してあげようと思いました。

「あっ、チェリーさん」

「おぅ、ピョン太、やってるか」

「今日も、洗濯してるピョン」

 洗面所を通りかかると、洗濯ロボットのピョン太さんが声をかけてきた。

しかし、見れば見るほど、すごいロボットだ。これを、チェリーさんが作ったと思うと、改めて感心する。

「二葉さんも、洗濯物があれば、出してほしいピョン」

「ありがとうね。後で、頼むわ」

 私は、ピョン太さんに明るく手を振ってこたえました。

食堂に行くと、彼女は、よいしょと言って、椅子に座りました。

背が低いので、足が床に届きません。見れば見るほど、普通の子供にしか見えない。

でも、中身は、私より年上で天才なのだ。そのギャップに驚かされる。

「なんか、飲み物持ってくるわね」

「それじゃ、オレンジジュースがいいわ」

 私は、立ち上がって、冷蔵庫を開けました。だけど、ドアを開けて、目が点になりました。

「えっと・・・」

 冷蔵庫の中には、見たこともないようなものがぎっしり詰まっていたのです。

肉や魚、野菜などではなく、カラフルな飲み物が並んでいたのです。

きっとオレンジ色の液体が、オレンジジュースなんだと思って、取り出しました。

「違う、違う。あたしのは、その隣の赤いやつよ」

「赤いの?」

 確かに隣には、赤い飲み物がありました。でも、それには、ラベルも何もありません。

「これですか?」

「そう、それ」

「これが、オレンジジュースなの?」

「そうよ。ここの賄さんのカン子ちゃんが作ってくれたの。100%オレンジなんだって」

 どう見ても、オレンジジュースには見えない。色が赤いので、トマトジュースかと思った。

「二葉ちゃんも飲んでみる?」

「いえ、大丈夫です」

 絶対、怪しい。見るからに毒々しい赤色をしている。飲んじゃいけないと思いました。でも、彼女は、それを手に取ると、キャップを開けて、そのままゴクゴクとおいしそうに飲みました。

「二葉ちゃんもなんか飲めば?」

「でも、私の分は、まだ、買ってきてないから」

「いいから、いいから。適当に飲んでいいのよ。なくなったら、作ってくれるから」

 そうは言っても、お茶とか水とか、そんな感じの飲み物は見当たらない。

正直言って、どれも飲みたくない。てゆーか、どんな飲み物かわからないので、飲もうと思えないのだ。

「二葉ちゃんは、コーヒーとか嫌い?」

「いえ、好きですよ」

「それじゃ、その奥の青いのが、おいしいわよ」

「青?」

 見ると、奥に青いボトルが横になっている。これが、コーヒーなの?

「あの、これですか?」

「そうそう。おいしいわよ。それを飲んだら、外で喫茶店とかのコーヒーは、飲めないわよ」

 しかし、手に取ったボトルを見ても、これがコーヒーとは、信じられない。

チェリーさんは、よいしょと言って、勢いよく椅子から立ち上がると、背伸びをして棚からコップを出すと私が持っていた青いボトルを手にして、コップに注いでくれました。

「ハイ、飲んで」

 そう言って、付き出されたコップを見ても、青い液体が入っているだけで、とてもコーヒーには見えない。

「おいしいから、飲んでみて」

 しかし、とても飲めない。今まで生きてきて、青い飲み物なんて一度も飲んだことがない。

だけど、チェリーさんにそう言われると、飲まないわけにはいかない。

私は、思い切って、一口だけ舐めてみました。

「えっ! なにこれ」

 一口舐めただけなのに、口の中に広がったのは、香ばしいコーヒーの香りと飲んだことがないおいしさだった。

私は、思わず、さらに一口飲みました。

「おいしい。こんなおいしいコーヒー、初めて飲みました」

「でしょ、でしょ。カン子ちゃんの作ったコーヒーは、最高なのよ」

 そう言って、チェリーさんは、嬉しそうに言いました。

「人間てさ、見た目でしか判断しないのよね」

 そう言って、私を見ながら言いました。

「コーヒーって、黒い飲み物と思ってるでしょ。だけど、黒じゃなければいけないことはないじゃない。青いコーヒーだって、ありでしょ。飲んでみないとわからないこともあるんじゃないの」

 確かにそうだ。私にとって、コーヒーという飲み物は、黒いものという概念しかない。

だけど、今、飲んでいる青いコーヒーは、確かにコーヒーだし、むしろそこら辺のコーヒーより、断然おいしい。

それにしても、チェリーさんが言う、賄さんのカン子って、誰だろう?

まだ、会ったことがない人なのかもしれない。

 結局、私は、青いコーヒーを全部飲んでしまいました。

「あぁ~、おいしかった」

「見事な飲みっぷりをね。カン子ちゃんが見たら、喜ぶわよ」

 そう言って、チェリーさんは、白衣の長い袖をヒラヒラさせながら笑っています。

「あの、賄さんのカン子さんて、どなたですか?」

「まだ、会ってないんだ。今は、夕飯の支度してるから奥にいるけど、みんな揃ったら、出てくるわよ」

 私は、カウンターの奥を見ました。きっと、その奥が、調理場なんだと思いました。それに、まだ、ここの住人を全員とは、会っていません。

「おや、チェリーさん、帰っていたんですか?」

 そこにやってきたのは、シニガミさんでした。

「丁度いい、シニガミさん、こちらは、今日から越してきた、二号室の春野二葉ちゃんよ」

「存じてますよ」

 そう言って、チェリーさんの向かいに座りました。

「先ほどは、ありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ」

 私は、改めて、シニガミさんに挨拶しました。

すると、チェリーさんは、私の耳元で恐ろしいことをそっと囁きました。

「二葉ちゃん、死神には、気を付けなよ」

「えっ、なんでですか?」

「だって、二葉ちゃんは、普通の人間でしょ。命を取られるわよ」

「ハイィィィ・・・」

 私は、声が裏返ったまま、目の前のシニガミさんを見ました。

これが世に言う、魂を取るという、あの死神だったのです。


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