第2話 一号室の住人。

 翌日、私は、いつものように仕事に行って、帰宅してから、今の大家さんに引っ越しの挨拶をしました。

「そう、よかったわね」

 と言ってくれたけど、顔には、やっと出て行ってくれるという、安堵の気持ちが書いてありました。

たった半年だったけど、お世話になったので、その感謝は忘れません。

 そして、引っ越し当日を迎えました。着替えとパソコンだけをバッグに詰め込んで、意気揚々と新鮮な気持ちで、新しいアパートに向かいました。

 駅から歩いて、商店街を抜けると、住宅街の中にそれはあります。

「ここね。今日から、ここが私の居場所。よろしくお願いします」

 私は、門扉の前で、アパートに挨拶しました。その時です。後ろから声をかけられました。

「アンタだれ? そこで、何をやってるんですか? 訪問販売なら、お断りですよ」

 いきなり声をかけられて、ビックリして振り向くと、そこには、中年の男が立っていました。

「えっ、あの、私は、その、今日から、ここに越してきた者ですけど・・・」

「ふぅ~ン」

 その男は、私の足から頭まで、じっと見定めながら変な目で私を見ていました。

まだ、夏を過ぎたばかりなのに、スーツにコートを着て、帽子をかぶり、細くて鋭そうな眼付きで腕組みをしながら私をじっと見ています。

「あの、なにか・・・」

「それじゃ、あなたが、噂の2号室の新人さんですか」

「ハ、ハイ・・・」

 私は、かなりビビって、半歩下がると、その男は、打って変わったにこやかな態度を取って笑いながら言いました。

「そうならそうと言ってくれればいいのに。これは、失礼しました。私は、4号室の死神と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 そう言って、帽子を取ると、体を2つに折りながら、深々と頭を下げてきたので、二度ビックリした。

「ささ、どうぞ、こちらへ・・・」

 そう言って、仰々しく、私を中に案内しようとします。

「あ、あの・・・」

「これから、ここが、あなたのお家なんですから、遠慮なく」

 そう言って、私をエスコートするように、玄関に案内する。いったい、この人は、何者なんだろう? おじさんが言ってた、おかしな人の一人なんだろうか? 

そう言えば、さっき、自分のことを死神って言った。

四号室だから、シニガミというのは、なんとなく語呂合わせ的な気がするけど、どんな字を書くんだろう? シニガミさんなんて苗字の人は、聞いたことがない。

 玄関まで行って、思い出したように、白い犬を見た。

ところが、そこには、いませんでした。

犬小屋はあるけど、肝心の主は不在で、鎖だけが落ちていた。

私が、不思議そうに誰もいない犬小屋を見ていると、その男の人が言いました。

「ケンイチロウさんですか。今、散歩に行ってると思いますよ。すぐに戻りますから、お気になさらずに」

 散歩に行ってるのか。そりゃ、犬だから、一日に一度は、散歩に連れて行かないといけない。

ここに住むようになったら、私も連れて歩いてみたいと、実は思っていました。

 そして、私は、言われるままに玄関に入りました。

「お~い、誰かぁ。新人さんが来ましたよ」

 シニガミさんという人が、中に入ると大きな声で言いました。

すると、どこかのドアが開く音がして、誰かがやってきました。

「なんだい、大きな声を出して、今、テレビでいいとこだったのに」

「一文字さん、ちょうどいい。この方を案内してやってくれますか?」

 目の前にいるのは、貫禄たっぷりの、太ったおばさんでした。

「誰だい、この子は?」

「噂の二号室の人ですよ」

「ほぅ、アンタが・・・」

 そのおばさんは、最初に会った、シニガミさんと同じように、私を脚から頭まで、念入りに見ている。なんか、面接を受けているみたいで緊張する。

「よし、気にいった。アンタ、合格だ」

 そう言って、私の両肩をバンと、勢い良く叩いた。

私は、よろけて倒れそうになる。

「あ、あの・・・」

「うん? なんだい」

「えっと、その・・・」

 私が口ごもっていると、おばさんは、気が付いたようでこう言った。

「あたしは、一号室の一文字って言うの。今後とも、よろしく」

「ハ、ハイ、こちらこそ。よろしくお願いします」

 私は、そう言って、緊張しながらも挨拶しました。

すると、外から賑やかな子供の声が聞こえました。

「おや、帰ってきたようだね」

 おばさんが言うのと同時に、玄関のドアが勢いよく開いた。

そして、開いたと思ったら、大勢の子供たちがわぁーっと入ってきた。

私は、ビックリして、いきなりの展開に、頭がパニック状態でした。

「な、な、なんなの、この子たち・・・」

「あっ、誰かいるぞ!」

「誰だ、お前?」

「名を名乗れ」

 そう言われても、パニック状態の私には、返事もまともにできない。

小さな子供たちに囲まれて、どうしたらいいのかわからない。

「ピーッ!」

 その時、私の耳に大きな笛の音が聞こえました。一瞬にして、静かになる。

それは、一文字さんと言った、おばさんが吹いていたのだ。

「全員、整列。番号」

「一」

「二」

「三」

「四」

「五」

「六」

 わぁわぁ騒いでいた子供たちは、私の前に横に一列に並ぶと、番号を言いました。

「順番に自己紹介」

「あたし、松子」

「あたし、竹子」

「あたし、梅子」

「ぼく、春男」

「ぼく、夏男」

「ぼく、秋男」

「そして、あたしが、母親の一文字冬子。よろしく頼むよ」

 私は、頭から煙が出ました。実際は、出てないけど、もはやオーバーヒートです。

よく見れば、子供たちの顔が全員そっくりなのです。

「見ての通り、六つ子だから」

 六つ子だって! 五つ子ちゃんと言うのは、聞いたことがあるけど、六つ子ってのは、初めて聞いた。

てゆーか、当たり前だけど、全員同じ顔をしている。

男の子は、半ズボンで女の子は、スカートを履いているので性別だけは、

何とかわかる。だけど、誰が誰やら、名前と顔がまったく判別できない。

目眩がしそうだ。

 だけど、名前がものすごくわかりやすい。女の子が、松、竹、梅で、男の子が、春、夏、秋でお母さんが冬って、いったい、どんな名前の付け方なんだ・・・

「お姉ちゃんの名前も教えてくれよ」

 男の子に言われて、この時、ハッと気が付いた。

私、まだ、自己紹介してない・・・

「あの、私は、春野二葉と言います。今日から、よろしくお願いします」

「二葉ちゃんて言うんだ。可愛い名前ね」

「二号室だから、二葉っていうのは、笑えるけどね」

「あたしたちだって、一文字だから、一号室でしょ。おかしくないわ」

「それもそうだね」

 そう言って、また、子供たちは、勝手に盛り上がって、笑いだした。

「ピーッ!」

 また、一文字さんが笛を吹いた。騒いでいる子供たちは、一瞬にして静かになる。

この笛って、すごいかもしれない。でも、使い方が、微妙に違う気がする。

「静かにしなさい。これから、アンタたちは、二葉ちゃんに、このアパートのことを教えてあげるのよ」

「ハ~イ」

「それじゃ、始め!」

 そう言うと、子供たちが一斉に私に群がってきた。

「何してんだよ、お姉ちゃん」

「早く上がりなよ」

「ハイ、これ、履いてね」

「ちょ、ちょっと・・・」

 男の子たちに手を引かれ、女の子たちにお尻を押されて、私は、靴を脱いで中に上がった。

「お姉ちゃんは、パンダ好き?」

「ハァ?」

 女の子から、聞かれたけど、とっさに声が出ない。

「二葉お姉ちゃんは、パンダは好きかって、松子ちゃんが聞いてんだよ」

「あ、あぁ・・・ えっと、好きよ」

「それじゃ、お姉ちゃんのスリッパは、パンダね」

 私の足元に置かれたのは、パンダ模様のスリッパで、ちゃんと数字で2と書いてありました。

なるほど、2号室だから、2ということで、私用のスリッパということなのか。

そこまで理解するのが、今の私には限界です。

 パンダのスリッパを履くと、また、声をかけられました。

「二葉お姉ちゃん、自分の靴は、ちゃんとここに置かなきゃダメじゃないか」

「大人のくせに、だらしないわよ」

「梅子ちゃんが言うなよ」

「なによ、春男くんだって、だらしないじゃない」

 なんか、また、騒ぎ始めた。私は、慌てて自分の靴を持って、2と書かれた場所に置いた。

「ハイ、置いたわよ」

「お姉ちゃんは、やっぱり大人ね」

「当り前じゃん、梅子ちゃんより大人だよ」

「夏男くんだって、子供じゃない」

 何かと賑やかなのは、子供だからなのかもしれない。だけど、6人いたら、大変だろうな、私は、母親の一文字さんを尊敬した。

「あ、あの・・・」

 私は、一文字さんに助けを求めた。でも、あっさり、退けられた。

「大丈夫よ。この子たちに任せておけば、心配ないわ」

 一文字さんは、満面の笑みを浮かべて、六つ子たちを見守るだけでした。

シニガミさんに至っては、そんな私を尻目に階段を上がって2階に行ってしまいました ここの人たちは、いったいどんな人たちなのか、今から心配だ。


 私は、六つ子たちに部屋に連行されるように中に入りました。

「ありがとね。もう、大丈夫だから」

 私は、そう言って、笑って子供たちにお礼を言いました。

しかし、六つ子たちは、まだ、帰ろうとしません。

「ところで、この部屋って、何もないの?」

「これから、必要なものを買うからいいのよ」

「何が必要なの?」

「それは・・・ その、洋服ダンスとかクローゼットとか、ベッドかふとん、あと机とか・・・」

「それなら、買う必要はないわ」

「そうね。上の部屋にあるんじゃないかしら」

「よし、それを運ぼう」

「それじゃ、あいつも呼んで、手伝わせようよ」

「それがいいわね」

 六つ子たちは、何やら私を抜きにして相談すると、廊下に出て誰かを呼びました。

いったい、今度は、誰が出てくるんだろう?

 すると、部屋の外から、ドンドンと大きな足音が聞こえてきました。

私は、心配になって、部屋から廊下を見ようと顔を出した瞬間でした。

目の前に、白くて巨大な何かが顔を出しました。

「お呼びだピョン」

「えっ!」

「おい、ピョン太、荷物を運ぶから、手伝え」

「わかったピョン」

 なにこれ? なんか人の言葉を話してるけど、どういうこと? 六つ子たちと普通に会話してるけどいったいなんなのこれ? 頭の上には、?マークが数えきれないほど浮かんできました。

「あっ、2号室の新人さんですね。おいら、ロボピョンです。見ての通り、うさぎのロボットで、このアパートの洗濯担当だピョン。みんなは、おいらのこと、ピョン太と呼んでいるピョン。何でも、きれいにするピョン。よろしくピョン」

「ハ、ハぁ、春野二葉です。こちらこそ、よろしくどうぞ」

 って、なに、言ってんだ、あたしは・・・

今、自分でロボットって言った。うさぎの洗濯ロボットって、なんなのよ。

このアパートは、おかしすぎるし、謎が多すぎる。

 確かに見た目はうさぎだ。体は真っ白で、モフモフしている。

アンテナのような長い耳が頭についている。赤くて丸い目が可愛い。

小さな黒い鼻に小さな口から歯が二本見える。ヒゲが三本ずつ生えて

全身真っ白で、ずんぐりむっくりしている。太くて短い脚に、肉球もついている二本の腕。そして、洗濯ロボットというだけに、お腹にコインランドリーで見かける、

ドラム式の洗濯機を内蔵していて、今もグルグル回っている。

オマケに丸いシッポまでついているだけに、まんま大きなうさぎでした。

てゆーか、ロボットがいるアパートって、ここは、どんなウチなんだ?

私がそんなことを考えていると、六つ子とうさぎロボットは、二階に上がっていきました。

「ちょっと、どこに行くの?」

 私が聞くと、男の子が言いました。

「お姉ちゃんの必要な物を持ってくるから、待ってて」

 そう言って、二階に上がりました。しばらくすると、六つ子とうさぎロボットが、荷物を抱えて階段を下りてきました。

「ちょ、ちょっと、それ、どうしたの?」

「二階の倉庫から持ってきたのよ」

 六つ子の女の子が言いました。

「邪魔だから、退いて退いて」

 男の子に言われて廊下の隅に逃げると、大きな家具をみんなで抱えて部屋に入ってきました。

そして、慣れた手つきで、組み立て始めます。私は、唖然として見ていることしかできませんでした。

 数分後、何もなかった部屋に、クローゼットというか洋服ダンスが出来上がりました。押入れを開けると、半分が敷居がないので、そこにスッポリ嵌まります。

また、押入れの半分には、横に敷居があり、そこに布団をしまいます。

「ベッドじゃないのは、我慢してね」

 明るい顔で女の子に言われると、私は、頷くしかありませんでした。

「机は、窓際のがいいかな?」

「ハ、ハイ」

 男の子に聞かれて、私は、言いました。

結局、私は、何一つ手伝うことなく、あっという間に必要だった物が揃いました。

「後は、何か、必要な物ある?」

 聞かれた私は、首を横に振りました。

「なんか、必要な物があったら、遠慮なく言ってね」

「あ、ありがとう」

「ちなみに、このウチは、エアコンなくても、夏は涼しくて冬も暖かいからね」

「そうなの?」

 まさか、こんな昭和の時代のような古い木造アパートが、冷暖房完備とは思えない。

「だって、ここは、どれみふぁ荘だもん。なぁ」

「ねぇ」

 六つ子たちが顔を見合わせて言いました。いったい、このアパートは、どういう仕組みになっているんだろう?

「それと、パソコンは使い放題だピョン」

「それは、うれしいわ。WiFiが使えるのは便利だわ」

「違うピョン。電波を衛星から中継してるんだピョン」

「えっ?」

「お姉ちゃん、何にも知らないんだな」

「二葉お姉ちゃん、大人なんだから、しっかりして」

「ハ、ハイ、ごめんなさい」

 なんで、私が謝るのか意味がわからない。衛星から電波を中継って、そんなことできるわけがない。この子たちは、何を言ってるんだろう・・・

「それじゃ、ここで、お姉ちゃんにクイズです」

「えっ、なになに、クイズってなんなの?」

「簡単だよ。ぼくたちの名前を当ててください」

「名前?」

「さっき、聞いたでしょ。もう、忘れたの?」

 イヤ、忘れない。一度聞いたら、絶対に忘れない名前だ。

「では、ぼくは、誰でしょう?」

 男の子が一歩前に出ました。

「えっと、夏男くん」

「ブッブー、ぼくは、春男だよ。間違えんなよな」

「ごめん」

「それじゃ、あたしの名前は?」

 今度は、女の子が言いました。

「う~ンと、松子ちゃん」

「違うわよ。あたしは、梅子よ。ちゃんと覚えてよね」

「ごめんなさい」

「それじゃ、ぼくの名前は?」

「えっと・・・ 秋男くん」

「違うよ、夏男だよ」

 そう言われても、同じ顔が六つもあると、誰が誰だかわからない。

まったく、見分けがつかない。男の子と女の子はわかるけど、名前と顔が一致しない。

「よく見れば、わかるじゃない」

「そうだよ。ぼくたち、みんな違うよ」

 イヤイヤ、違わない。みんな同じ顔だし・・・

「早く覚えてよね」

「わかりました」

 私は、そう言うしかありませんでした。情けないけど、子供相手に返す言葉がありません。

「ところで、キミたち、すごい力持ちなのね」

 タンスやら机や布団を六人とロボットだけで二階から一回で持ってこられるなんて

私は、信じられませんでした。私だったら、何回往復することやら。

「こんなの朝飯前だよ。なぁ」

「そうよ。だって、あたしたち、妖怪だもん」

「なるほど、そうか・・・って、ハイィ~!」

 私は、聞き違いかと思って、素っ頓狂な声を上げた。

「今、なんて言ったの?」

「あたしたち、こう見えて、妖怪なのよ」

「ヨウカイ!」

 私が、ビックリして目を丸くしていると、六つ子たちはズラッと横に並んだ。

そして、左手を腰に当て、右手を私に向けて差し出し、人差し指を何度か横に振りながら斜め四十五度の角度に顔を向けて言いました。

「ぼくたち・・・」

「あたしたち・・・」

「座敷童子だもん」

 声と振付がぴったり合った。まるでシンクロを見ているようでした。

「いよっ、六つ子ちゃん、カッコいいピョン」

「ピョン太、ありがとよ」

 私は、そんな会話を聞きながら、その場に崩れるように倒れて、畳にぺたりと座り込んでしまいました。

「アレ? お姉ちゃん、どうしたの」

「ちょっと、二葉お姉ちゃん、しっかりしてよ」

「おい、母ちゃんを呼んで来い」

 何がどうしたの? 妖怪って、なんなの? 座敷童子ってどういうこと?

頭の中がグルングルンして、もう訳がわかりません。

「ちょっと、どうしたんだい?」

「お姉ちゃんが・・・」

 部屋に入ってきた一文字のおばさんが私を見下ろしています。

「ちょっと、アンタ、どうしたんだい?」

「あたしたちが、座敷童子って言ったら、こんなんなっちゃったの」

「バカだねぇ。そんなことを言うからだよ」

 そう言って、一文字のおばさんは、呆れて私を見ました。

「ほらほら、しっかりおしよ。二葉ちゃん、しっかりしなさい」

 そう言って、私の肩を持って、激しく揺さぶりました。

そこで、やっと、現実に戻った私は、おばさんを見上げました。

「あ、あの、あの・・・いちも・・・」

「いいよ、おばさんで」

「あの、おばさん、この子たち、ざ、座敷童子だって・・・」

「そうよ」

「そうよって、それじゃ、おばさんは、座敷童子の母親ですよね。てことは、おばさんも妖怪・・・」

「違うわよ。あたしは、アンタと同じ人間よ。正確に言えば、微妙に違うけどね」

 何が何だかわからなくなった。微妙に違うって、どう違うのよ?

「で、でも、この子たち、座敷童子なんですよね」

「そうよ」

「それじゃ、やっぱり、おばさんも・・・」

「しょうがないねぇ。後で、説明しようと思ってたけど・・・ 一度しか言わないから、よくお聞きよ」

 そう言って、おばさんは、エプロンのポケットから煙草を取り出すと、一本を口にくわえました。すると、男の子が、ライターを差し出して火をつけます。

一度吸って、煙を吐き出すと今度は、女の子が灰皿をさっと差し出すました。見事なチームワークだ。そんなところに感心していると

おばさんは、遠くを見ながらゆっくり話を始めました。

「あたしが子供のころの話だ。あたしが生まれたのは、田舎も田舎、貧しい村だった。貧乏でね、親は、生まれたあたしを捨てて都会に出て行った。だから、あたしは、親の顔を知らないんだ」

 いきなりヘビーな話だ。私のような、ちゃんと両親がいて、何不自由なく育てられた自分とはまるで違う世界のような話に、私は、おばさんをじっと見つめていました。

「そんな村に、座敷童子が現れた。二葉ちゃんは、座敷童子って、どんな妖怪か知ってるかい?」

 私は、首を左右に振りました。マンガやアニメに出てくる程度で詳しいことは何も知らない。

「座敷童子は、子供の妖怪で、子供にしか見えないんだよ。座敷童子が居着いた家は、幸せになると言われるんだよ。幸運を運んでくる妖怪なんだ」

 そう言って、タバコを一服すうと、灰を灰皿に落としながら、話を続けました。

「おかげで、あたしは、死なずに済んだ。あたしは、座敷童子に育てられたようなもんなんだよ」

 六つ子たちもおばさんの周りを囲んで黙って話を聞いています。

「だけどね、座敷童子は、一つの家に長居はしない。貧しい家を渡り歩いて、幸せを運ぶ妖怪だからね」

 そんな妖怪がいることは、初めて知りました。

「でもね、座敷童子がいなくなると、また、村は貧しくなった。あたしは、まだ子供だったからね、一人じゃ何もできなかった。だから、あたしは、座敷童子について行ったんだ」

 おばさんの話に聞き入った私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「あたしは、座敷童子と日本中を旅して、貧しい村に幸運を運ぶ手伝いをしたのよ。学校なんて、行ったことがないよ。行けるわけがないわよね。あたしには、名前がない、戸籍もない、住所もないんだからね」

 そう言って、タバコを二度ほど吸って、煙を吐くと、六つ子たちを見ながら話を続けた。

「あたしもそこそこ大きくなってくると、物事がわかるようになる。座敷童子というのは、貧しい人間たちを助けるために生まれてきた妖怪なんだ。幸せを運ぶ代わりに、自分の妖力を使うんだ。いくら妖怪でも、不死身じゃない。妖力がなくなれば、消えてなくなる。あたしは、もう、人間のために妖力を使わないでほしいと、何度も頼んだ」

 おばさんの話は、昔話とはいえ、すごく説得力がある。

「そりゃそうだろ。あたしたち人間なんかのために、自分の身を犠牲にして、幸せを運んだところでそれは、一時でしかないんだ。座敷童子がいなくなったら、元に戻っちまうんだ。人間なんてのは一度楽を知ったら、後は、堕落してしまう、愚かな生き物なんだよ」

 私は、自分にも思い当たることがあって、心にズキッとくるものがあった。

「工場が誘致されて、仕事が増えて、村が街になって栄えて、みんな幸せになった。

でも、そんなのは、座敷童子がいたからなんだ。それを大人たちは、知らない。

だから、座敷童子がいなくなった途端に、工場が閉鎖されて、また、貧乏に逆戻り。

そうなったからと言って、努力するとか、必死に働こうとか、思わないのが人間の心理ってやつでね今の幸せが永遠に続くと信じて、何もしないんだよ」

 おばさんは、タバコを灰皿に押し付けて消すと、二本目のタバコに火をつけた。

「あたしは、座敷童子と旅をしながら、そんなことを数えきれないくらい見てきてね、つくづく人間ていう生き物が嫌いになったのさ。だから、そんな人間なんかのために、自分の妖力を使うなって言ったんだよ。でも、それが自分の運命だからと言って、最後まで聞かなかった」

 おばさんは、煙を吐くと、また、静かに話を続けた。

「そして、最後は、妖力を全部使い果たして、消えちまったんだよ。あたしを残してね」

 自然と私の頬に温かいものが伝い落ちていた。私は、おばさんの話を聞いて、泣いていた。

「でもね、あたしは、一人ぼっちじゃなかった。お腹の中に、この子たちがいたんだよ。座敷童子の最後の妖力で、自分の子孫をあたしに託したんだ。だから、あたしは、生まれてきたこの子たちを立派な座敷童子に育ることに決めたんだ」

「おばさん・・・」

「とは言っても、六人の子供を抱えて一人で育てるなんて、無理に決まってる。だって、あたしは、名前もなければ戸籍もないんだからね。福祉施設なんて入れないし、そんな金もない。そんな時、大家さんに拾ってもらってね。ここで、この子たちを産んで、育てたんだ。一文字冬子ってのは、大家さんにつけてもらった名前さ。

この子たちの名前もね」

 私は、そんな話を聞いて、六つ子たちが可愛く見えてきました。

「あの頃のどれみふぁ荘には、化け物どもしかいなかったけど、みんなこの子たちの面倒を見てくれた。あたしの働き場所も探してくれた。もう、あの頃の住人は、死神しかいないけどね」

 私は、涙を手で拭うと、立ち上がって言いました。

「おばさん、これからは、私もこの子たちを自分の子供と思って、面倒見ます」

 私は、六つ子たちを見下ろして、頭を撫でながら言いました。

「ハッハッハッ・・・ 何を言ってんだい、二葉ちゃん。アンタ、まだ、結婚してないんだろ。彼氏はいるのかい? やることやったことあるのかい?」

 いきなりおばさんは、大笑いして言いました。

「イヤ、それは・・・ まだだし、彼氏もいないし、その、なんていうか・・・」

「気持ちだけ、もらっておくよ。あたしが忙しいときは、この子たちの遊び相手でもしてやってくれればそれで十分さ。気にしなさんな」

 そう言うと、タバコを灰皿で消すと、口を開いた。

「これで、あたしの話は、終わり。ところで、アンタたち、アパートの中を案内してやったのかい?」

「まだだよ。だって、お姉ちゃんが、あんなになっちゃったから・・・」

「でも、荷物は、みんなで運んだのよ」

「おいらも手伝ったピョン」

「よしよし、上出来だ。後は、あたしがやるから、アンタたちは、部屋に戻ってな。ピョン太もありがとよ」

 そう言うと、六つ子たちとピョン太は、部屋を出て行った。

私は、おばさんの後について、アパートの案内の続きを始めた。

 私の部屋の右隣が一号室で、おばさんたちの部屋でした。

左に行くと、すぐに二階に通じる階段があります。階段の下がトイレになっていました。

「ここがトイレね」

 そして、トイレの隣が三号室でした。

三号室を通り過ぎると、その隣がキッチンダイニングでした。

広いフローリングで、縦長のテーブルがあって、椅子が六脚ありました。

オープンキッチンみたいで、すぐ横にカウンターがあり、そこで料理を作るようです。また、その奥にも調理場が見えました。

「ここで、みんなでご飯を食べるんだよ。冷蔵庫は、勝手に使っていいからね」

 見ると、業務用のような大きな冷蔵庫がありました。

そこを通ると、その奥には、これまた広い和室がありました。

畳敷きで、テーブルが置いてあり、座布団が並んでます。

 奥には、大型テレビがあって、六つ子たちがテレビを見て笑っていました。

「ここは、大家さんの部屋でもあるけど、あたしたちも使わせてもらってるからね」

 六つ子たちは、テレビに夢中でした。その横を通り、大きな窓を開けると、そこが裏庭でした。

「うわぁ、きれいなお庭ですね」

「でしょ。大家さんが、手塩にかけてこまめに手入れしてるからね。春には、桜が咲いて、夏は、ここで花火をやったり、バーベキューをしたり、子供たちの遊び場だよ」

 こんなきれいな庭があるなんて、素敵でした。

でも、よく見ると、見たことがない草花ばかりです。

「見るのはきれいだけど、下手に手を出すと、噛まれるからね」

「ハイ?」

「ここに咲いてる花は、みんな妖花と言って、大家さんがどっからか持ってきて、植えたんだ。どれもきれいだけど、毒があったり、トゲがあったり、危険だからね。みんな生きてるから、切ったりしちゃダメだよ」

 さすが、不思議なアパートだ。花まで生きているとは・・・

きれいだからと言って、触らなくてよかった。

「あの、ところで、おばさんて、おいくつなんですか?」

 女性に年を聞くのは失礼だけど、女同士だからと思って聞いてみました。

「そうねぇ・・・ いくつに見える?」

 そう聞かれて、私は、おばさんをじっと見つめました。

「四十代、三十の後半くらいかしら?」

「フフフ、ありがとね。これでも、座敷童子の女房だったのよ」

 見た目は、三十後半くらいに見えるけど、もしかしたら、もっと年を取っているのかもしれない。

名前や戸籍がないと言ってたし、ちゃんとした年がわからないのかもしれません。

私は、それ以上聞くことはしませんでした。

 そして、和室を出て、おばさんの後について行きました。

「ここが洗面所ね。いつでもピョン太がいるから、洗濯物があったら出してね。乾燥までやってくれて、ちゃんとたたんで部屋に持ってきてくれるから」

「おいらに任せるピョン。一文字さん、子供たちの服が乾いたから、後で部屋に届けるピョン」

「ありがとね」

 私は、ピョン太がいる洗面所を出ると、廊下の突き当りに行きました。

「ここが、お風呂だよ。一つしかないから、入っているときは、入浴中の札をかけておけばいいよ。もっとも、ここに住んでる人たちは、そんなの気にしてないし、いつもみんなで入ってるけどね」

 確かにここは、女性が多いので、いっしょに入るのは、あまり気にならないけど、

シニガミさんもいるし、六つ子たちにも男の子がいるから、いっしょに入るのは、ちょっと抵抗がある。

 おばさんは、お風呂の戸を開けました。

「わぁ~、広くてきれいですね」

 脱衣所らしいそこは、広くて昔の銭湯みたいでした。

「そのカゴに脱いだ服は入れてね」

「ハイ、わかりました」

 おばさんは、浴室の戸を開けて、さらにビックリしました。

「えっ! なに、これ・・・」

 私の目の前に広がるのは、まさに露天風呂でした。

しかも、天井には、夜空が広がって、星が光って見えました。

 お風呂も広くて、十人くらい入れそうな岩風呂で、滝が流れて湯気が立ち上っていました。

「どうだい、すごいだろ。天然のかけ流しの温泉だよ。その向こうが、檜風呂で、こっちに水風呂とサウナもあるからね」

 これは、どう言うことなんだろう? ここは、アパートの中です。

どう見ても、天井が高すぎる。星は、プラネタリウムか何かでしょうか?

「アレは、ホントの空だよ。夜空に輝く星も本物さ。きれいだろ」

「だって、ここは、アパートの中ですよね」

「そうだよ」

「でも、露天風呂って・・・」

「ここも、大家さんが作ったのよ。ちょっとした、異次元空間て感じかな。ここのお湯は、体にとってもいいのよ。ケガや病気なんて、すぐに治るから、ゆっくり入るといいよ」

「ハ、ハイ・・・」

 う~ン、謎だ。謎過ぎる。謎が多すぎて、ついていけない。アパートの中なのに、露天風呂で星空が広がるなんて、どうかしてるとしか思えない。

「とりあえず、アパートの中は、こんな感じよ。今夜の夕食のときに、みんな揃ったら、紹介するからね」

「ありがとうございます。それで、他の住人の皆さんたちは・・・」

「まだ、仕事だったり学校だからね。そのウチ、揃うよ。それじゃ、あたしは、今夜の買い物に行ってくるから後は、よろしくね」

 そう言って、おばさんは、お風呂を後にしました。

私もおばさんについて、廊下に出ました。すると、その瞬間、ものすごい音が聞こえて、地面が揺れました。

「なに、なにがあったの?」

 地震かと思って、ビックリすると、部屋のドアの隙間から白い煙が出ているのが目に入りました。

「か、火事!」

 私は、そう思って、慌ててしまいました。

「おばさん、大変、火事よ、火事。水は、水。えーと、消火器とか・・・」

 しかし、おばさんは、ちっとも慌てる様子がありません。

騒ぎを聞きつけて、和室から六つ子たちも出てきました。

「どうしたの?」

「危ないわよ、火事だから、向こうに逃げて。そうだ、119番に電話しなきゃ」

 私は、そう思って、ポケットからスマホを取り出して、電話しようとしました。

なのに、おばさんが、その手を止めたのです。

私は、ビックリして、おばさんを見ました。おばさんは、首を横に振りながら笑っていました。

「大丈夫よ」

「で、でも・・・」

 私は、一大事だと思いました。こんな木造のアパートなんて、火がついたら全焼です。

私は、自分の部屋から煙が出ていると思って、部屋に駆け付けると、煙が出ているのは私の部屋ではなく、三号室からでした。自分の部屋でなくて、ホッとしたのと同時に煙の量が半端じゃないので、おろおろするばかりでした。

 すると、三号室のドアが開いたのです。そして、開くと同時に、白い煙がもわっと飛び出して私の目を塞ぎます。目の前が真っ白になり、手を振って煙を振りほどきます。

「ゲホ、ゲホッ・・・」

 中から、声が聞こえてきました。煙が消えてくると、少しずつ視界が広がり、

三号室から誰かが出てきました。

「また、やったかい。いい加減にしなよ」

「悪い、悪い。ちょっと、失敗しただけよ」

 そう言って、三号室から出てきたのは、若い女の子でした。

私よりも背が低いので、中学生くらいの可愛い女の子です。

しかも、白衣を着ていました。それも、ぶかぶかの白衣で、袖が長すぎて手が隠れています。

それどころか、裾も長すぎて、体と服のサイズがまったく合っていません。

「ちょうどいいわ。これが、三号室の住人よ。こちらは、今日から入ってきた新人さん」

「ふぅ~ン」

 それが、三号室の変わった住人との初対面でした。

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