第6話
「――雛子も本当にお人好しよね。あんな根暗の子の相手をして」
どきりと胸が痛む。そう言ったのは、先ほど雛子と親し気に腕を組んでいた女子だった。
それは彼女たちにとっては他愛のない話だったのだろう。クラスにカーストがあるならば、千代子の立ち位置は間違いなく下のほうだろう。自分からは話もせず、相手の話には無難な相槌を打ち、静かに話を聞いているだけ。
雛子のような才色兼備さも紗枝のような活発さも持ち合わせていない。カースト上位の二人の脇を固める彼女たちにとっては、見目劣る千代子を相手にしていることが不可思議なことなのだろう。
人影に隠れて、千代子はその会話を聞き続けた。聞きたくはなかったけれど離れることができなかった。
「誰の話でも頷いてさ。どうせそれで雛子さんにも擦り寄ったんじゃないの」
「ははは。必死じゃん」
――違います、と言えただろうか。擦り寄ったわけでは決してない。だけど千代子は孤独を耐えられるほどに強い人間でもなかった。小さなグループのどこかに寄せてもらわなくては学校というコミュニティの中で生きていくことが困難だった。
だからこそ、相手をよく見て機嫌を損ねないように主張せずにいたのだ。それを必死だと笑われることは、千代子にとって堪らなく恥ずかしいことであった。
それでも足はまるで動かなかった。彼女たちの次々と出てくる言葉は槍のように千代子の心に真実として突き刺さっていく。
――他人に合わせることしかできない自分。相槌と愛想笑いで塗り固められた自分。それが自分のすべてであった。
ただ静かに聞くことしかできない。口を開けば嫌われてしまうかもしれないから。自分の意見は言わずに、薄ら笑いを浮かべる自分の顔がすぐに浮かんだ。
なんという醜い顔だろうか。千代子はようやく震える足を後ろへずらして、その場を離れる。どうにかなってしまいそうな不安が胸を襲う。
顔面に張り付いたその顔は、自分の顔ではない。心ではない。すべて偽りなのではないだろうか。
(――あなたのその静けさが好き)
――違うのです。あなたが想うような人ではないのです。
先程まで心地よく響いていたはずの声が呪いのように胸を締め付けてくる。
「――千代子?」
顔を上げると紗枝がいた。千代子の顔を心配そうに、軽く屈んで目線を合わせるようにのぞき込む。
自分はその時、どんな顔をしていたのだろうか。いつも楽観的に笑う紗枝が心配そう千代子を見つめる。そうして千代子の頬にそっと手を添えて大丈夫かと声をかけた。
千代子は首を振ることも頷くこともできず、ましてや泣くこともできずにその場に立ちすくんだ。
紗枝の背後から、友人たちの呼ぶ声が聞こえた。きっとそこには雛子さんもいるだろう。
――会いたくない。逃げ場を失った千代子が俯くのを見て、紗枝はそっとその肩に手を回す。そして「ちょっと外すね」と後ろの友人たちに手を振った。
紗枝に委ねてゆっくりと静かな場所へと移動する。振り返ることはできなかった。きっと雛子はこの後姿を心配そうに見ていることだろう。
暗がりの街路樹の下、切れかけの街灯の光がちかちかと、二人を照らしていた。歩道の手すりに腰かけて、紗枝が飲みかけのスポーツドリンクを差し出した。千代子はそれをありがたく受け取って、一口飲んだ。
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