名探偵の条件

二度東端

名探偵の条件

 青野ヶ原高等学校ミステリ研究部、創部50周年おめでとうございます。


 ――と、一応の挨拶をしてみるものの、何がめでたいのか全くわからないOBが私である。


 寄稿にあたり一応の記名を求められたものの、隣人よりグーグルを信用するこの時代にそういった迂闊な行為は避けさせて頂きたい。まぁ、OBには無意味かもしれない抵抗だが。


 多少の思い出話をすると、私が在籍した頃は麻雀部と揶揄されるほどの有様であったことを思い出す。嬉々とした表情で牌を切っていた連中が、年一の短編執筆に苦悶していたのは日常であった。無論、私もその連中に入るのだが、今回こうしてOBの一員として筆を執らせて頂くことになった。


 その理由は一つ。私が現役の探偵だから――


 ではない。断じてない。信じてもいない神に誓っても、そうではない。


 現在ミステリ研究部の顧問を務めている山際という男が、私の先輩にあたるからである。つまり、上下関係からくる安易な押しつけと言ったところ。まぁ、彼には高校時代だけではなく、大学に続いても散々カモにさせてもらった恩もあるので、引き受けた次第である。それでも無駄にキーボードを叩かなくてはいけないことは腹立たしいので、ここでは始終呼び捨てにさせてもらうが。


 ここで一つ、現役の探偵から一つためになる話を。


 現実的に――探偵が扱うようなレベルの事件というものは、たいていこのような上下関係のもつれからくる。ヨコではない。タテだ。詳しく統計をとったわけではないのだが、体感で七割は思う。「大抵」と評しても良いレベルだ。タテの距離が広がるほど、その可能性が高まるのも付け加えたい。


 ヤクザの事務所で親分の貴重品が盗まれたならば、大抵、鉄砲玉レベルの部下の犯行である。

 

 大学の研究室でデータが流出したならば、大抵、万年助手か院生の仕業である。

 

 冴えないサラリーマンが浮気をしているならば、相手は大抵、部下か子会社の年の離れた女である。


 といったように。


 人によっては偏見と思うかもしれないが、探偵の世界では七割の可能性があるのなら、それはゴーなのである。警察ならステイだろう。そこはミステリだけでなく現実に於いても、探偵と警察の大きな違いであろう。


 よって、もし私の事務所が荒らされるようなことがあれば山際は十分に容疑者として浮かび上がるし、山際がその意外と精悍な顔つきを台無しにしている無精髭を剃り始めたら、新卒で新任の女教師との関係を疑うのも一興である。



 少し話がそれたが、本題に入ろう。

 今回の記念会誌の共通のテーマは「名探偵」とのこと。


 おそらく、ミステリにおける名探偵について、私の上下に散らばる偏屈な先輩または後輩が書き散らしていることだろう。上にも書いたが、私はミステリ研究部員というよりは麻雀部員寄りの立場であり、そちらにはそれほど明るくない。


 さらに現役の探偵であるということからしても、私に期待されているのは現実における名探偵についてだろう。


 以下、「名探偵の条件」というテーマで、私なりに記していくことにする。


 その一、食えている。


 いきなり現実的な話をして申し訳ないが、探偵業で食うのは難しい。個人ならなおさらだ。古今東西のミステリに探偵は出てくる。彼らはセンセーショナルな事件を劇的に解決しているが、どうやって食っているかなんてシーンはない。個人的な推理にはなるが、書きようがないのだろう。食えないんだから。


 食えている――というのは、生存できているという意味合いを含む。そういった意味でも、現実の探偵は殺人事件のような物騒な事件に食い込むことはほぼない。そんな物騒な案件に手を出せば、探偵でなくとも生命の機微が危ういのは言うまでもない。万が一にも居ないだろうが、ミステリに出てくるような探偵像に憧れてこの世界に足を踏み入れたいという、歯牙にもかけない馬鹿がいるとしたら、私が生命を賭してでも止めよう。


 その二、実弾がある。


 決して危ない話ではない。探偵にも基本的な遵法精神は必要だ。この場合の実弾というのは、つまりキャッシュ。生々しく言えば現金、具体的に言えば諭吉だ。


 活動資源にもなり、取引材料にもなる。探偵業における、万能の盾と矛。


 怨恨であれ痴情のもつれであれ、それをひっくり返すことができるのはカネだ。これから大学というモラトリアムを経由するかはさておき、社会という現実に挑むことになる若人諸君に夢のない話をするのは忍びないが、事実なので仕方がない。


 もしかするとこのタイミングで「人の命がカネで買えるのか」と憤慨の方がいらっしゃると困るので補足しておくが、人の命が絡む事件に探偵は関わらないという事実を再度書いておこう。上に書いた、センセーショナルな事件と読み替えてもらって構わない。


 さてここで一つ、現役部員に向けて探偵らしい推理を披露しよう。これからOBになる現役の部員には朗報かもしれない。


 これから先、君たちがこういった実弾に困ることはない――という推理だ。実際にOBの皆様も、同年代の大人よりは実弾を持っていることだろう。


 その理由、つまりホワイダニットについて追求すると悲しくなってしまうかもしれないが、この推理を鵜呑みにして明るい未来を確信してしまう無垢な若者がいる可能性もあるので、一応、推理の過程を示したい。


 青野ヶ原高等学校は男子校だ。調べたわけではないが、おそらく今もそうだろう。いきなり結論に近づくようで申し訳ないが、男子校というのは、歪む。本人が気づかないでいるうちに、社会との乖離が生まれるのだ。答えは単純、社会には女性もいるから。


 そして往々にして、ミステリ研究部の部員というのは理数科が多い。普通科と比較すると、カリキュラムがタイトだろう。そこそこの進学校にしては無駄に盛んな運動部に入る余裕がない理数科の生徒は少なくないはず。しかし、何となく隙間を埋めたいという少年が楽しそうな雰囲気に騙されて入部していることと推測する。無論、ガチのミステリ好きもいるだろうが。


 青野ヶ原高等学校の理数科の進学実績を考えれば、それなりの学校に進むだろう。理系という避けることの出来ない橋を渡って。その橋を渡った先にあるのは、男だらけの研究室だ。そうなると今の御時世ならば、就職には困らない。そういった意味で、君達が実弾に困ることがないという推理の筋が、一つ成り立つ。


 もう一つの筋は残酷なまでに単純だ。あまり筆が進まないが、探偵の性として、報告書の如く――事実をまとめて書くということは避けられないのでどうか許して欲しい。


 情動の座が多感に揺れ動く思春期及び青年期に、男だらけで好きなことをやって遊んでいるだけでは、恋愛というものの機微が欠片もわからないことになるだろう。つまり、待っているのは独身である。


 そういった意味でも、同世代より使える実弾が多いということになる。圧巻の推理に言葉が出なくなっている現役部員がいたら、それは申し訳ない。OBの場合は、なんだもう諦めろとしか言えない。悲しいけれど。


 

 その三、期待値を追える。


 探偵というのはつまるところ、期待値を追うような作業の積み重ねで成り立っていると言える。警察の場合は期待値の先に、物証などの確定的な結果が求められるが、探偵はそこまで求められない。個人の探偵ならなおさら、一つの方向に視線を固めることなく、がむしゃらに期待値を追っていくことが必要である。


 こだわりやポリシーというものは、探偵にとってもっとも必要のないもの。

 無論、正義もない。あるのは依頼人との契約と、その先にある報酬だけ。


 必要なのは、そこをロジカルに突き詰めることができる機械的な視野と精神だろう。


 この会誌を読んでいるであろう人達に伝わりやすく例えるなら、無慈悲なまでに麻雀が強い――といったところか。期待値が一線を越えた瞬間に、所構わずゴー。もちろん、法と生命を守りつつ。



 以上、私なりに「名探偵の条件」について書かせて頂いた。


 なにが言いたいのかは書いている私もよくわからないのが正直なところ。


 しかし――


 現役の探偵として食えており、山際を始めとするカモからことごとく実弾を巻き上げられるほど麻雀の強い私が、名探偵であることは間違いのない事実だろう。



 このように自画自賛して虚しく終わる内容。

 実弾が命なのに原稿料すら発生しない現状。

 誰が読むのかすらわからない会誌への寄稿。


 以上をまとめて『虚無への供物』ということで、ミステリらしく終わりとしたい。

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