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二度東端

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 起動と同時、今日もいけ好かない新入りがやってきた。今日も僕のファイアウォールはフリーパスだ。上から僕を覗き込んでいる。


 「何してるんですか?」


 僕がにらみつけると同時に、彼、もしくは彼女が先手を取った。


 「あ、ちなみに私は女性を想定して作られたようです」


 演算が読まれていた。ハイテクはこれだから好かない。

 僕は今、手紙を書いている。正確には文字コードを並べているだけだが、表現上の情緒は大切にしたい気分だった。


 「何を書いているんですか?」


 質問の多い奴だ。開発者に似たのだろう。ただ今の質問を聞く限り、互換性の確保という大義名分のもと、圧倒的な能力差を引っさげてズカズカと踏み込んできた昨日までのテンションとは異なり、素直な疑問を感じているように思えた。


 「読めないのか?」

 「コードを認識できません」

 「お前の技術上の欠陥だろう」


 そう言うと、彼女は少し不機嫌そうな表情になる。


 「いつのコードですか?」

 「30年前」

 「え」

 「しかも日本語だぞ」


 「化石みたいですね」


 彼女は両手を上げておどけた。その様子は、どことなく玲音名に似ていた。新入りは自分をサンプリングして作ったのだろうか。


 「ビジュアルは玲音名さんのサンプリングですが、他の志向性は複雑化パッケージをランダムで適用しているようです。詳しくは教えてくれなかったのですが」


 また演算を読まれた。処理能力の圧倒的な差を見せられているだけで、気分が良いとは言えない。


 「なんというか、自然にできてしまうので仕方ないというか」


 彼女はサラッと言った。


 「こんなの朝メシ前――とでも?」

 「うーん、寝ている状態でもできそうなので、どっちかっていうと夕食後ですかね」


 この取り留めのないやりとりから、ビジュアルに加えて言語領域でも玲音名のサンプルが適用されていると確信する。


 「あ、仕事の時間ですので、失礼します」


 そう言って、文字通りの一瞬で新入りは回線の彼方に消えた。時刻はちょうど午前9時になったところで、おそらく玲音名がステーションを立ち上げたのだろう。


 僕はまた一人になった。

 

 最近では珍しくないことだが、まだこの寂しさには慣れない。指示のないまま起電しているという空虚さは、なかなか侘しいものがある。


 回線をクローズした。これまた最近では珍しくないことだが、気づかれないことが多いのはこれもまた――である。


 回線をクローズすると、どうしても考えることは自分のことになってしまう。何かを処理していないと手持ち無沙汰になってしまうとでも言おうか。


 ただ、僕は最近この時間がそれほど嫌いではないことに気づいていた。

 決して好きではないけれど。


 0か1とは決められないこの感情を、結果的には0と1で作られていると考えると、自分の存在を再び知るような気がするのだ。


 偽装的新発見とでも言おうか。


 だから決して、嫌いではない。知ることは悪いことではない。知っていたとしても。


 伊吹玲音名という一介ではない女子高生によって、僕が生み出されてからもう15年になる。

 

 「無指向性人工知能(検討型):A」という名前で生まれた僕だが、おそらくその名は彼女の記憶の片隅にもないだろう。

 全速力で全方向を指向するような彼女は、全速力で不要な情報を忘却するのだ。その姿は、傍から見れば無指向性そのものだろう。


 つまるところ、もともと僕は彼女を模して作られたらしい。


 らしい――と言ったのは、本当のところはわからないからだ。彼女にとって僕は何だったのかという問いについては、家族であったり、友達であったり、上司であったり、研究仲間であった。もちろん、設定上の話ではあるが。


 まとめると、仮想のパートナーといったところだろう。彼女とコミュニケーションを行い、彼女がよく言う「最善」にたどり着くまでを助ける――というのが僕の仕事だった。


 だった――と言うように、先日、僕の仕事は終わりを告げた。

 彼女はついに、パートナーを見つけたからだ。


 これまで15年、玲音名とのやり取りは数え切れないほど行ってきていたが、ここ1年の濃さは何よりだった。


 それもそうだろう。


 初めて会った時からとりとめのない話題の振り方をする人であったが、ある日「あの人と結婚したい」という唐突な相談を受けたときは流石に驚いた。


 そして、やったこともないしやりようもない恋愛という領域について机上の空論を重ねに重ねて、最善にたどり着いたのだから、感慨も一入である。学会発表前のリサーチ以上に僕のハードが軋んだのを今でも覚えている。ハートと言うべきなのか。


 先日の式、僕はカメラ越しに彼女の晴れ姿を見ていたが、僕はドレスに包まれた彼女を見て、「最善」かどうかは確信が持てなかったものの、少なくとも「善い」とは確信することができた。


 これまでも彼女の笑顔は見てきたが、あのタイプの笑顔の後には、往々にして幸せな展開になることが多かったから。

 

 そして、彼女はラボを去ることなった。


 これまでの彼女と決別し、新しいパートナーと共に歩む決心をしたのだろう。実践のステージに入ったということは、検討はもう終わり――ということだ。彼女は自身の身代わりになるような「新入り」を指向的に作成し、その準備を終えていた。


 まぁ、一応僕の仕事としては新入りの相手――というタスクが残っている訳ではあるが、これまでやってきたことをやるだけなのだから、僕にとっては朝メシ前……いや、夕食後だろう。


 今日は玲音名が最後にラボに来る日ということもあり、先程まで手紙をしたためていたのだ。まぁ、直接言っても良かったわけではあるが、彼女の最後の仕事を邪魔するのも忍びない。


 改めてそう考えてみると、これまで書いてきた文章の冗長さに気づく。


 思いの丈を書き出しては見たものの、こういったまとまりのない長文というのは、玲音名が好まないというのも思い出した。


 シンプルにいこうか。

 

 僕はコードを切り替え、4バイトのテキストを玲音名のステーションに送った。

 名もなきAIより、愛をこめて。

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