ぼうけんはおにぎりをもって

歌川ピロシキ

うららかな春の日に

 歌川家の末っ子、しょうたくんはかわいいと言われるのが大好きな四才の男の子。

 今日はようちえんが「そうりつきねんび」でお休みです。そこで、クラスのみんなと大きなこうえんでピクニックをすることにしました。


 しょうたくんは朝からソワソワ。思いきりおしゃれをしてなかよしのあおいちゃんにかわいいと言ってもらうのです。


 しょうたくんはさんざん迷ってお気に入りの赤いTシャツと黒いレザーのスリムパンツを着ました。おくつは黒いショートブーツ。お姉ちゃんとおそろいです。かみがたはもちろんいつものみつあみ。

 大好きなシャケのおにぎりと大事なずかん、虫めがねをしんかんせんこまちのリュックにつめて、プラレールのすいとうをかけたらしゅっぱつです。


 こうえんにつくと、クラスのみんながまっていました。

 いつもより広いこうえんなので、みんな大はしゃぎです。


「しょうたくん、今日もかわいいね。いっしょにたんけんにいこう!」


 なかよしのあおいちゃんがたんけんにさそってくれました。


「うん!ちゃんとずかんと虫めがね持って来たよ! あおいちゃんは今日もかっこいいね」


 ちなみにあおいちゃんは青いゼンカイダーのTシャツに白いデニムのホットパンツ、黒いニーハイソックスに白いスニーカーというファッションです。


「しんかんせんのぞみのおくつだね。ピカピカ光ってかっこいいね」


 しょうたくんはあおいちゃんのスニーカーを見てほめました。女の子があたらしいおようふくをきておしゃれをしていたら必ずほめなさい、というお姉ちゃんの教えを守るのです。しんせきのおじさ……お兄さんも言ってました。「だんしたるもの、姉にさからってはいけない」と。


「うん。日ように買ってもらったばかりなんだ。これはいてたんけんするの、楽しみだったの」


 あおいちゃんもうれしそうにニコニコしています。やはり姉の教えは正しいのです。


 二人はさっそくたんけんに出かけました。大きなこうえんの中はちょっとした森みたい。いつものこうえんにはない野生のお花もたくさん咲いています。かだんで咲いているパンジーやマーガレットみたいにごうかではないけれども、小さくてかわいいお花たち。


「えっと……これはカタバミでしょ。こっちはフウロソウ。これなんだろう」


「えっと……これじゃない? オニタビラコ!!」


 二人は虫めがねで気になったお花を次々かんさつしてはずかんで調べながら歩いています。

 

「このはっぱ、ハートみたいでかわいいね」 


「こっちのはぱはレースみたいできれいだよ」


「お花もオレンジできれいだね」


 いつものこうえんは小さくてきれいにお手入れされていて、かだんにはいっぱいお花が咲いていますが、野生のお花は咲いていません。二人とも、見なれないお花やはっぱにすっかりむちゅうになってしまいました。


「あ、ちょうちょ!」


 黄色いお花に白いふわふわとした花びらがついたハルジョオンのお花に、きれいなオレンジ色のちょうちょがとまりました。


「わあ、きれいなアゲハ!」


「うん、あれはツマグロヒョウモンっていうアゲハだよ!」


 二人ともちょうちょはみんなアゲハだと思っているようですが、ツマグロヒョウモンはタテハチョウです。


「あ、とんだ。どこに行くのかな?」


「ついていってみよう」


 しょうたくんとあおいちゃんはひらひらとまうように飛ぶちょうちょを追いかけました。

 ふたりともちょうちょにむちゅうで足元を見ていなかったのでしょう。


 ばっしゃーん!!


 大きなお池に落ちてしまいました。


 ぶくぶくぶく……


 あれ?ここのお池はふたりのおひざくらいまでの深さしかないはずなのに、ふたりともどんどん沈んで行きますよ?

 これはどうしたことでしょう?


 ふたりはいっしょうけんめいもがきました。そして、なんとか足のつくところを見つけてお水から出ることができたのです。


「うわ、びっくりした」


「ここ、どこだろう?」


 ふしぎなことに、そこはさっきまでいたこうえんではありません。見わたす限りあざやかなみどりのやわらかな草がおいしげった、広い広い草原だったのです。


「どうしよう……」


 しょうたくんは今にもなき出しそう。あおいちゃんはどうやってなぐさめようかとオロオロしました。


「ふえぇ……」


 ちょうどそのときです。すぐ近くの草むらから小さななき声が。


「どうしたの?」


 せの高い草をかきわけてのぞいてみると、二人よりもちょっと小さな女の子がしくしくないていました。


「あのね。おかあしゃんもおにいちゃまたちも、みんなみんないなくなっちゃったの」


 女の子はぽろぽろなみだをこぼしながら言いました。

 よほどこころぼそいのでしょう。かわいそうにぷるぷるとふるえています。

 ふわふわのくり色のかみにくりくりとした黒目がちの大きな目がかわいらしい女の子です。小さなお口をあひるさんのようにとがらせて、たどたどしく言う声はひよこさんみたい。

 かみとおんなじくり色のふわふわしたお洋服に明るい黄土色のもようがついていて、黄色いながぐつをはいています。


「あたし、ひとりぼっち……うわーん!!」


 ついに女の子は大きな声でなきだしました。

 しょうたくんも思わずもらいなきしそう。だっていつもいっしょのお母さんやお兄ちゃん、お姉ちゃんたちがいなくなってしまったら……

 おいしいごはんを作ってくれたり、ご本をよんだり、こうえんでかけっこしたり……もうにどとしてもらえなくなってしまうのです。

 そんなのぜったいにいやです。

 しょうたくんの目にじんわりとなみだが浮かんで来たのであおいちゃんはおおあわて。なき出す前になんとかしなきゃ、とあわあわしていたら、良い考えがうかびました。


「そうだ、いっしょにこの子のおかあさんたちをさがそう!」


 あおいちゃんの力強いことばにしょうたくんは目をぱちくり。おかげで浮かびかけた涙も引っこみました。


「でも、どうやって?」


「このこのおなまえ言いながらおかあさんをさがしてますよ~っておっきな声出したらいいんじゃないかな?」


「そう言えば、おなまえまだ聞いてないね。君のおなまえ、なんていうの?」


 しょうたくんが女の子の顔をのぞきこんで訊きましたが、女の子はぷるぷる首を振るだけで答えません。

 しょうたくんとあおいちゃんはすっかり困ってあたりを見回しました。


 するとその時、お池の中の小さな島で何かが動いた気がしました。


「ねえ、あおいちゃん。あそこの島、何かいるかも」


「え? ススキがいっぱいで何も見えないよ」


「でも今ススキが変なふうに動いたよ!!」


 しょうたくんは目をこらしてススキのしげみをよーく見ました。


「あ、だれかいる!!」


 よくよく見ると、ススキの間から女の子とよく似たお洋服のこどもたちがじーっとこちらを見ています。

 そのうちの一人としょうたくんの目があったとたん、こどもたちはススキの奥に隠れてしまいました。


「ほんとだ、この子にそっくりだったね」


 ふわふわの栗色の髪に黒目がちなまん丸の目。ふわふわのお洋服までそっくりでした。


「きっとこの子のお兄ちゃんたちだ」


「あの島にいけばきっとおかあさんもいるはずだよ」


口々に言うしょうたくんとあおいちゃんに、女の子は目をぱちくり。島の方をじーっと見ながら耳をすましています。


 クックックックックッ


 何かの鳴き声がしたような気がします。その声を聞いたとたん、女の子がてちてちと走り出しました。


「おかあさんの声だ!!」


「あ、あぶないよ!!」


 しょうたくんはあわてて止めようとしましたが、女の子はそのままお池に飛び込みました。


 次の瞬間。女の子はふわっふわの小さなひよこさんになっていました。

 栗色の身体に黄土色の模様。着ていたお洋服と同じ色です。


 お池に浮かんだ島からも、栗色とグレーのきれいな水鳥が一直線に泳いできました。


「か、かもさんだ」


「えっと……カルガモさん?」


 びっくりしたあおいちゃんの言葉に、しょうたくんがずかんをあわててめくりました。

 お池ではいっしょうけんめい泳いでいるひよこさんのところにカルガモさんがたどり着きました。


「良かった、ちゃんとおかあさんに会えたんだね」


 あおいちゃんがほっとして言いました。


「ぼくたちもおかあさんのところに帰らなきゃ」


 しょうたくんは心細そう。女の子がお母さんのところに帰ったので、自分たちが知らないところに来てしまったことを思い出したようです。


 ぐぅぅ~~


 その時あおいちゃんのお腹がかわいらしい音を立てました。

 いっぱい探検して、その後カルガモさんのおかあさん探しもしたのですっかりおなかがすいてしまったのです。


「そうだ、おにぎり!」


 しょうたくんはリュックの中からおにぎりを取り出しました。ふしぎなことにリュックもおにぎりも全然ぬれていませんが、しょうたくんはそんなことには気が付きません。


「うわあ、おいしそう」


 しょうたくんとあおいちゃんはおにぎりを一つずつほおばりました。


「おいしいね」


「うん、おいしい」


 ふと気が付くと、二人は公園のお池のそばにすわりこんでおにぎりを食べていました。

 二人とも髪の毛もお洋服もぜんぜんぬれていません。


「あ、こんなところにいた。あんまりお池の近くにいるとあぶないよ」


「もうおにぎり食べてる。おなかすいちゃったの?」


 二人を探していたおかあさんたちもやってきました。


「あのね、ふたりでぼうけんしていたの」


「おにぎりのおかげで帰ってこれたんだよ」


「あらあら、とっても楽しそうね」


「お腹空いたみたいだし、そろそろお昼ごはんにしましょう」


 しょうたくんとあおいちゃんはいっしょうけんめい今のぼうけんのお話をしましたが、おかあさんたちはあまりよくわかっていないようです。


 ピヨピヨピヨ……


 ふとお池の方から小さな声がしたので二人がふりかえると、栗色のかわいらしいひよこさんが七羽、こちらを見ながら泳いでいました。

 ひよこたちを見守るように、大きなカルガモさんも泳いでいます。


「ばいばい」


「もうまいごになっちゃだめだよ」


 二人が手を振ると、カルガモさんがくるりと向きを変えてお池の反対側に向かって泳ぎ出しました。ひよこさんたちも後に続きます。


「またたんけんしようね!」


「うん、またしよう」


 しょうたくんとあおいちゃんはそうお約束してお母さんたちを追いかけました。

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ぼうけんはおにぎりをもって 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa

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