第5話

 変異が起きていると思われるウイルスを、細胞から検出するために、私は様々な角度から、顕微鏡で観察を繰り返した。


 すると、ある一つの規則性を発見した。ウイルスは、細胞膜に変幻自在に隠れることができる。だから、角度を変えて見ると、非常に微小な変化であるが、細胞膜の形が変わって見えた。


 この細胞は、チースト科の猿に似てはいる。おそらく、猿を確保して採取した細胞なのだろう。誰も疑う余地はない。


 だが、細胞の構造が微妙に違うのだ。明らかに、バーリス科の豚に似ている。私は、同じような構造の細胞を、アザール王国で見たことがある。


 確か、研究論文の発表があった時だ。猿から豚の細胞を変異させて遺伝子組み換えをした例に、多少の驚きがあり、覚えている。


 遺伝子の変異。完全に、人の手が入っている。しかも、チースト科と惑わすことで、ワクチン開発が進まなくなっている。


 ウイルスを繁殖させ、ハルファス王国を滅亡させようと、誰かが仕組んでいるとしか、考えられなかった。


 一体、誰が?


 私は、その時、ふと、ミンティア令嬢の父が、アザール王国の研究発表に参加していたことを思い出す。


 そう、ミンティア令嬢の父、クラレンドン伯爵は、もとはアザール王国出身であったはずだ。


 なぜ、わざわざハルファス王国に?


 なぜ、ミンティア令嬢は、ダリアン王子と婚約できた?


 それは、ミンティア令嬢とタンジア王子が、幼少期から仲良く愛を育んできたと聞いた。


 クラレンドン伯爵は、アザール王国からハルファス王国にやって来たのは、今の妻と結婚したからだ。


 今の妻がクラレンドンの正統な血筋であり、夫の方が婿入りしたのだ。


 そうだ、もともとは、夫のほうは、研究者だった。だから、アザール王国の研究発表に参加していたのだ!


 このままでは、ハルファス王国は、感染者が更に増加し、滅亡してしまう。


 私は、考えを巡らせながら、段々と恐ろしくなってくる。体が震え、背筋にぞくっと冷気を感じる。


 ダリアン王子を、救わないと!


 私ができること、全て、ダリアン王子のために愛を注ぐ。


 私は、どうしたらダリアン王子のために、ハルファス王国を救えるかを考えた。


 ワクチン開発を急ぎたいところなのだが、このウイルスは変幻する上に、捕獲しようとすると、するりと別の細胞膜へと移ってしまう。


 まるで、意志を持ったウイルスだ。


 厄介なものを作ってくれたな!


 抗原を採取しなければ、ワクチンは開発できない。とにかく、顕微鏡から睨めっこしながら、抗原を捕えなければいけない。時間がかかりそうだ、、。


 ミンティア令嬢は、どこまで知っているのだろう?


 私は、一度、ミンティア令嬢にカマをかけてみようと考える。


 とりあえず、私は、アニサスとリーキ、2人の助手に、今までの経過を話した。


「えー!?そんなことがあるのでしょうか」


 リーキは、体をくねくねと動かして、心底、驚いた目をして言う。リーキは、見た目は堅いの良い男であったが、中身は女子である。


「何かの陰謀が考えられますね」


 アニサスは、一見は女子であり、綺麗な顔立ちをしている。しかし、無表情で冷静この上ない。


「そうね。まだわからないことだらけだから、絶対に誰にも話してはだめ!ウイルス捕獲に集中するのよ!」


 私は、2人に他言無用を言い渡す。2人とも、口は固そうだった。


「私は、これからミンティア令嬢に、カマをかけてくるから」


 彼女がどこまで知っているのか。きっと、ワクチン開発の情報なら、喉から手が出るほど知りたい筈だ。

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