第4話

 私は、そのままハルファス研究所に向かった。ダリアン王子に何も理解されていないどころか、印象を悪くしている。


 悔しくて、涙が出ててくる。


 今は、とにかくワクチン開発を進めることが大切だ。泣いてる場合ではない。王子の喜ぶ顔が見れるために、頑張らないと!


 研究所には、ダリアン王子から連絡が入っていたようで、スムーズに話を聞くことができた。


「いやぁ、サーラさん、数々のワクチン開発の噂は聞いてます。お会いできて、光栄です」


 ラード所長は、絵に描いたような中年の男性の研究員だった。ボサボサの髪を撫でながら、照れたように話す。


「今回のチースト伝染病のワクチンも、早く開発したいと動いてます。情報を頂けますか?」


「もちろんです。開発者として、心強い。なにしろ、何十万人という死がでている。経済的にも衰退している。早くなんとかしないとと、焦っているところでした」


「そうですね。ラード所長の見解と、チースト科の猿についての話が聞きたいです」


「そうですね、とりあえず座ってください」


 ラード所長に促され、私たちは、白いテーブルに向かい合って座った。


「まず、私の見解ですが、今回の感染は奇妙な点が多いです。最初に感染が起こった山ですが、安全な山でチースト科の猿は人に懐いていて、人に危害など与えたことがない。それに、病原菌を調べてみても、抗原が全くわからない。かすりもしない。ウイルスなのだと思われますが、正体がわからず、手も足もでない状態です」


 ラード所長は、溜め息をつき、タバコを一本出して火を点ける。


「標的の抗原は、かなりの微小で、現在の顕微鏡では見ることができないということか、もしくは、カメレオンのように姿を変えることができるかの、どっちかね」


「そうですね。私たちは、前者だと考えています。現在の科学力では力及ばないのではないかと、、」


 ラード所長は、タバコの煙を吐いて、苦い表情をする。


「それは、調べてみないと、わからないわ。チースト科の猿の情報は?」


 私は冷静な目を心で描いた。自分で見たものを信じ、科学的根拠を探す。


「それは、資料を用意してあります。どいぞ、読んで行ってください。もし必要なら、貸し出しますよ」


 ラード所長は、隣の机に山と積まれた研究論文や参考図書を指差して言う。


「ありがとうございます。これから読んでも大丈夫ですか?」


「もちろんです。いつまでもいて下さい」


 ラード所長は、笑顔で応じ、コーヒーを持って来てくれる。


 有り難くコーヒーを頂き、早速、山と積まれた本を片っ端から頭に入れていく。


 

 どれくらい本を読んでいただろう。時計を見ると、19時を過ぎていた。7時間程だろうか。大体の知識は吸収できた。


 研究室には、他の研究員は帰ってしまったのか、ラード所長しか残っていなかった。


「ありがとうございます。この本だけお借りして良いですか?」


 私は帰る準備をしてから、所長に話しかけた。


「もちろん、大丈夫です。よく集中して読んでいましたね。何かわかったことはありますか?」


 ラード所長は、ちらっと私を見て、伺いながら聞いてくる。私の動向が気になるようだった。


「ええ、おかげさまでで、色々わかりました。いくつか引っかかることがあるので、帰ってから調べさせてもらいます」


「気になること?」


「まだ、何とも言えないレベルなので、またはっきりとわかったら連絡します」


 何の根拠もない。まだ誰にも言えることではなかった。


「わかりました。いつでも連絡くださいね」


「他の研究員は帰ってしまったのに、私のために残ってくださっていたのですか?」


 所長以外、閑散とした研究室に、違和感を感じた。


「いや、他の研究員は、全く手ごたえなく、掠りもしない抗原を探すことを、半ば現代の科学のせいだと責任転嫁をしてしまい、やる気がなくなってしまった。今でも、どんどんと感染が進み、病院はどこも患者で満床、ベッドが足らない状態なのに。不甲斐ないばかりです」


「所長のせいではありません。私はまだまだ頑張ります。また、情報共有しましょう」


 所長の話を聞いて、研究室のやる気ない静けさに納得した。


 玄関口まで送ってくれる所長に頭を下げて、研究所を後にした。


 今回の感染は、おかしな点が多々あった。

気になることが何点かある。


 まず、チースト科の猿が病原体ではない。数々の資料を読み漁り、確信を持った。


 研究論文のチースト科の猿の細胞は、病原菌とは微妙に違う。もともと、おかしいことに気づいていた。


 今回の病原菌を昔見たことがある。


 ずっと、頭に引っかかっていた。膨大な研究情報の中から、やっと思い出すことができた。


 今回の病原菌は、猿ではなく、豚の細胞だ。昔、読んだことがある。猿から、豚に似た細胞が検出されたと。しかも、細胞が異変していると。


 今回、異変が起きているのだ。だから、正体つかむことができない。


 細胞の変異。。作為的なものを感じる。


 山でおとなしくしていたチースト科の猿に、何が起こったのだろう。


 私は、ハルファス城に戻り、食事もとらず、研究を進めた。

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