第3話

 私は、王子と話した後、すぐに研究室に保管されている病原菌を調べた。病原菌は、確かに0.01μメートル、かなり微少で形が定かでわかりづらい。


 このウイルスの抗原を採るのは、かなり困難な道だ。とにかく、どのような構造をしているのか、どのような特徴があるのか、チースト科の猿について調べなければいけない。


 まだ助手も到着していないが、時間がもったいなかった。私は、チースト科の猿についての情報を得るにはどうしたら良いか、王子に相談しに行くことにした。

 

 城の広間周辺をうろうろと探していると、角にある書斎部屋から、ダリアン王子の声が聞こえてくる。


 私は、王子と話せることに浮き立ちながら、書斎部屋を開けようとした。


 そのとき、王子と話しているのが、女性であることに気づいた。


 木製のドアは薄かった。耳を近づけると、話声が聞こえてくる。


「ミンティア、結婚はもう少し辛抱してほしい。今は、感染で大変なときだ」


「わかってます。私は、ダリアン王子の側にいることができるだけで、幸せです。結婚など、気にしないで」


「ミンティア、君だけを愛してる」


「私もよ、ダリアン。最近、痩せてしまっているし、私、貴方の体が心配だわ、、」


 ダリアン王子とミンティア令嬢の愛の囁きだった。私の心臓は凍るように冷えていく。心が闇に突き落とされ、引き裂かれていくようだった。


 2人が抱きしめ合うのを阻止するため、バタンと音が出るように、大袈裟にドアを開けた。


「やだ、取り込み中だったかしら。ごめんなさい。」


 私は、悪そうな表情を作り、謝った。


「いや、大丈夫だ。何か私に用事かな?」


 ダリアン王子とミンティア令嬢は、居心地悪そうに、取り繕うような笑顔を見せる。


 私は、ちらっとミンティア令嬢を見る。綺麗な金髪に、品のある鼻筋、ふっくらした唇。上品で、綺麗な女性。子供のような、澄んだ目をして、私を見ている。


「ええ、チースト科の猿について、どこで情報を聞けるかと、できる限りの研究論文が欲しいのだけど」


 私は、ミンティア令嬢から顔を反らして言った。


「ああ、ハルファス城下町の研究室がある。そこでも今回の感染について調べている。行ってみるかい?」


「そうね、これから訪問するわ」


 私は頷いて言った。


「ミンティア令嬢とは、初対面だよね?紹介するよ。ミンティアはラビッツ伯爵の令嬢で、私の婚約者だ。ミンティア、こちらは、カール王国からわざわざ来ていただいた、医師で研究者のサーラ令嬢だ」


 ダリアン王子は、恥ずかしそうに微笑を作って話す。ミンティア令嬢を、心の底から愛しているのがわかる。


「よろしくね、サーラさん。開発したワクチンの噂は、よく聞いてます。心強いわ」


 ミンティアは、輝くような笑顔で私を見て握手を求めてくる。


 私は、心にナイフが刺さったように、傷ついていた。


「ごめんなさい、私、急いでいるので」


 私は、ミンティア令嬢の握手に応じず、くるりと反対向きに体を反らした。


「サーラさん?」


「だって、感染で大変なときでしょ?仲良しごっこなんてしている時間も勿体ないわ。一刻も早く、ワクチン開発するために、ハルファス研究所に行ってくるわ」


 私は、唇を噛み締めて、できるだけクールに言った。涙が出てきてしまいそうで、なんとか食い止めるために、ぎゅっと唇を噛む。血の苦い味が、口の中に広がっていく。


「でも、少しくらいは。。」


 王子が戸惑った口調で反論する。


「いいのよ、私が悪いの。ごめんなさい、私ったら、こんなときに」


 ミンティア令嬢は、心底悪そうな潤んだ表情でダリアン王子に言った。


 私は完全に悪者だった。これ以上は、何を言っても冷たく響くだけだ。血の味を噛み締めながら、駆け足でその場を立ち去った。

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