第57話 未来予知
「未来予知……?」
「そう。しかもそれは、ひとつの未来だけを見通すのではなく、分岐する
白百合の――、僕らの母は。その力を権力者に利用されることを恐れ、またその力で白百合が真っ当な人生を送れなくなることを危ぶみ、力を封じたのだと宮姫が言った。
「原作では、白百合ちゃんが見た未来と現実がごっちゃになって、情緒不安定になる様子が描かれてた。それはそうよね。ちゃんとコントロールできない状態で、のべつまくなし未来なんて見えていたら、どれが本当の現実かなんてわからなくなるわよ」
「……それは、ちゃんと制御できるようになるんですか」
「なるわよ。私が教えるんだもの」
「………………は?」
けろりとのたまう宮姫の言葉に耳を疑い、思わず声を漏らしてしまった。
一瞬遅れて『不作法だった』とは思ったけど、出てしまったものは仕方ない。
「言ったじゃない。私が蒼梧様に激オコされたあと、とりまきっぽいポジションになるって。それは、私が白百合ちゃんの異能教え係になるからよ」
とは言っても、宮姫は未来視が使えるわけではないから、精神集中と異能を使う時と使わない時のオンオフの仕方を教えるくらいだと。
「でも正直、白百合ちゃんの異能を封じたお母様の気持ちの方が、私は共感できるけどね」
「…………はい」
宮姫の言わんとすることはわかる。
未来を知ることができる能力というのは、ちょっと聞くだけだと優秀そうだしいい能力のように聞こえる。
起こり得る事件を回避することもできるだろうし、降り掛かる災いに備えることができるだろう。だけど。
「女の子だから、って言い方は好きじゃないけど。強すぎる力は、彼女を幸せにするとは限らないわ」
それでも蓮様は、彼女の異能を発現させたいの――? と。
「…………」
――宮姫の言う通りだった。
白百合の異能が発現し、
その力を、政治利用する者や悪用しようとする者が現れるだろう。
仮にそういった者たちから白百合を守り切ることができたとしても、彼女自身がきっと、己の能力に翻弄されながら人生を生きていくことになることは想像に
知り得た未来の中で、救えた人、救えなかった人、そんなひとつひとつに傷つきながら生きていくことになる。
――西園寺白百合という少女は、『しらゆりの花嫁』という小説の中では、主人公である。
しかし、俺の知る西園寺白百合という少女は、普通のあどけない――かわいい妹だ。
誰が、自分の妹に過酷な人生を送ってほしいなどと思うだろう?
「……でも、このまま異能を発現させることができなければ。どのみち無能者としてのレッテルを貼られて生きていくことになります」
「確かに、それはそうなのよね……」
華族令嬢の役割とは。
言葉を選ばずに言えば、他家に嫁いで子をなすことだ。
それは、できれば男児であればなおよく、さらに優秀であれば重畳。
優秀さの判定にはもちろん、異能の力の強さも含まれるわけで。
「公爵家の令嬢であるにも関わらず異能を持たないと知れれば、
縁談相手からは『この娘との子供が産まれても、異能を持たない子が生まれるのでは』と敬遠されることは想像に難くない。
仮にそれでもなんとか結婚相手が見つかったとしても、嫁ぎ先で軽んじられる可能性の方が高い。
「となると、白百合ちゃんの異能発現は必須事項ということになる、か……」
まあじゃあ、やっぱりなんとかして封印を解く方法を探すしかないわね、と宮姫がつぶやいた。
「何か目星でもあるんですか?」
「ある……、とは言えないけど。皇族しか閲覧できない書物がある部屋があるのよ。そこを調べてみるわ」
「……いいんですか?」
有益な情報を期待して尋ねはしたが、宮姫御自ら動いてもらえるような発言に、そこまでしてもらってもいいのかと少し慄いて尋ねた。
「もちろん、見返りは求めるわよ」
「……僕にできることなら」
これを逃せば、他にどんなチャンスが巡ってくるかもわからない。
まして、話してみた感じ、宮姫は心根のよい人物に思えた。
向こうがこちらを助けてくれるというのであれば、こっちだってできることなら向こうの願いを聞き入れてあげたいという思いがあった。
そんなこちらの内心を知ってか知らずか。
宮姫が俺の言葉にしばらく黙ったかと思うと、おもむろに口を開いてこう言った。
「私の求める見返りはね――、定期的に私と、デートをしてくれることよ」
と。
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