第23話 チョコチップマフィンのお裾分け
さて、今俺は。
蒼梧にねだられたから、というわけではないが、夜中にひとり厨房に立っていた。
今日は既に、菊華も白百合も寝静まった後なので、完全にひとりだ。
あ、いや。
とりあえず、あるもので作れるもの……、と考えて。
簡単に、かつパパっと作れるマフィンを作ることにした。
ちょうどチョコレートも貰ったことだしな!
砕いたチョコチップを混ぜ込んで焼いて、チョコチップマフィンを作って北大路先輩にもお礼として渡せばちょうどいいだろ。
そう思いながら、材料をどんどんと計りにかけて揃えていく。
最近気付いたのだが、異能の訓練をするのに、お菓子作りはちょうどいい作業になることだ。
チョコレートを砕くために包丁を動かすのと、まな板を固定するのを並行して異能でやろうとすると、それなりに集中力とコントロールを要する。
包丁の方に意識を向けすぎるとまな板がずれてくるし、まな板に意識を向けすぎるとチョコレートが切れない。
これを、無意識でもできるようになれば、だいぶコントロールが楽になるのでは……?
――手足と同じ感覚で異能を操れるようになる。
ふたつの動作までだったら並行してコントロールできるが、3つだと厳しかったりする。
例えば、マフィンの材料を入れた器を固定する、泡立て器で混ぜる、そこに混ぜながら材料を追加する、とか。
器を固定して泡立て器で混ぜるくらいだったらそんなに難しくはないが、そこに材料を加える、という動作が増えると、追加する加減ができなくて、一気にどさっと入れてしまったり、もしくは器から外れた場所に落ちたりとかすることになるわけだ。
そんなことをひとり模索しながらお菓子作りをしていたら、『……蓮はほんとに、勤勉だにゃ……』とあくびをしながら
「両手を使わないでお菓子を作れるようになったら最強だと思わない?」
『……まあ、今の時点でも十分すごいんだけどにゃ』
否定はしないにゃ、と言いながら、猫のような仕草で
ほどなくして、厨房中にいい匂いを充満させながら、ふわふわに膨らんだチョコチップマフィンが完成した。
それを綺麗に包んで、明日学校に持っていく荷物にそっと忍ばせてから、布団に身を滑らせたのだった。
◇
――さすがに、昨日夜更かししてマフィンを焼いたせいで、今日は日中少し眠たくてぼーっとすることが多かった。
「ああ……、どこか気だるげな蓮様も素敵……!」
と、女の子たちが声をひそめてひそひそと囁き合う声が聞こえたような気もしたが、それを「ただ眠いのを我慢しているだけなのにちやほやされるってすごいな……」とどこか他人事のように聞いていた。
「なんだ、体調悪いのか?」
そんな俺に、いつもの調子で蒼梧が話しかけてくるので。
「…………」
「……なんだよ」
お前のせいで寝不足なんだよ、とは言えず(そもそも自分で勝手にやったことだし)、「今日紫雲亭に行くか?」と尋ねると、「今日は家の用事があるから行かない」と言うので、鞄から小さな風呂敷包みに包んだマフィンを机の上に出した。
「やる」
「なんだこれ」
「昨日お前が言ってたやつだよ。……いま開けるなよ」
ここで開いて、他のクラスメイトに騒がれると面倒なことになりそうだと思ったので、念の為に釘を刺す。
別にお菓子作りをしていることを隠すわけではないが、俺も私もとリクエストされるようになると大変だと思ったのだ。
蒼梧は、俺のその端的な言葉だけである程度言いたいことを察したのか、嬉しそうに顔を綻ばせて「……わかった。ありがとう」と言った。
学苑生活を、蒼梧と過ごすことが増えたせいだろうか。
原作では、誰も寄せ付けない、冷徹な印象の強かった蒼梧だが、俺に対しては多少なりとも心を開いてくれているような気がしていた。
それはそれで、懐かない犬――いや、虎とか猛獣だな――を手懐けているような気がして、少し嬉しく思っている自分もいた。
その日は帰りに紫雲亭に顔を出し、執務室で会長の執務をしていた北大路先輩に「昨日いただいたチョコレートのお礼です」と言ってマフィンを渡して帰った。
「……君が作ったのか?」
「そうですけど、あまり吹聴しないでもらえると助かります」
と、こちらにも念の為、釘を刺すのを忘れずに。
結局その日は、マフィンを渡すためだけに紫雲亭に顔を出し、それから真っ直ぐ家に帰った。
帰宅すると、白百合と菊華がお茶の用意をして待っていてくれたので、三人で昨日作ったマフィンを食べながら宿題を見てあげたりした。
白百合がマフィンの屑をほっぺたにつけていたのでそれを取ってあげたら、それを見た菊華が何を思ったのか自分もわざとほっぺたに屑をつけて「お兄様、私も……!」と言って俺に屑を取るようにせがんできた。
我ながら兄馬鹿だとは思うが、こういうところが可愛いよな、と思いながら、菊華の頬についた屑を取ってやったのだった。
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