第22話 チョコレートをもらう

「どうかな? ふたりとも、最近紫雲亭では」


 授業が終わって。

 北大路先輩にお茶に呼ばれた俺と蒼梧は、向かいに座った北大路先輩にそう尋ねられる。


「はい。先輩方には、とても良くしていただいています」

「そうか。メンバーのみんなも、ふたりが入ってくれて刺激になると言う意見が多くてね。こちらとしても、本当にありがたいよ」

「こちらこそ、勉強になることばかりです」


 最初に答えたのは俺。

 それから、蒼梧が北大路先輩に答える。


 実際、紫雲亭メンバーの先輩方は文武共に優秀な人たちが多く、また選りすぐられているだけあって人柄的にも優れた人物が多かった。


 そんな中、華族階級の中でもヒエラルキーの頂点にいる俺と蒼梧が入ってきたのだ。

 まあ、チヤホヤされないわけがないわけで。


 ――だが。

 そんなことよりも今俺は。

 目の前に出された茶菓子が、チョコレートであることにものすごく興味関心を惹かれていた。


 チョコレート……!

 チョコレートだ……!!


 出されたコーヒーの横に、チョコレートがちょこんと添えられていることに物凄く感動する。

 

 この時代、チョコレートはまだまだ貴重品。

 かく言う俺も、あること自体は知っていたが、わざわざ無理して入手するほどか……? 言うて、前世で当たり前のようにあった板チョコとはまたちょっと違うのでは……? と思いながらここまで食べずにきたのだが。


 まさか、ここに至ってチョコレートとお目見えすることになるとは思わなかった。


 どんな味か、食べて確認してみたいと言う気持ちと、あまりがっつきすぎる姿を見せるのも良くないと言う気持ちがせめぎ合う。


 表向きは、よもや俺がこんなにチョコレートに全意識を持っていかれているなどとは思われもしないだろう。

 幼少の、なんなら前世から培ってきた猫被りスキルで、北大路先輩や蒼梧と朗らかな会話を続けていた。


「そうだ。そういえばこの茶うけに置かれている菓子だが。君たち、チョコレートは食べたことがあるかい?」


 今度、うちの系列会社で売り出す予定で作ったものなのだが、と北大路先輩が切り出した。


 なんと!

 これは北大路先輩の家の系列会社のものなのか……。


 そういえば北大路家は確か、食品事業にいくつか携わっていたのだったか、という記憶が蘇る。

 

「紫雲亭で振る舞われるお菓子も、うちが関わらせてもらっていてね」


 ぜひ感想を聞きたいのだが、と意見を求められる。


 これは……。

 またとないチャンス!!


 堂々とチョコレートを口にできる大義名分を手に入れた俺は、「では」と何気なさを装いながら、ぱくりとチョコを口にする。


 口の中に広がる懐かしい甘さ。

 この体では初めて味わう刺激に、思わず体が震えた。


 と、同時に。

 なぜだか急に――前世の家族のことを思い出して、我知らずつうっ、と一筋の涙が頬を伝った。


「……あれ……?」

「お前……」


 手の甲にぽとりと落ちた涙に自分でも驚きを覚えながら、そのままぐいっと涙を拭いた。


 前世に、スーパーで。母親にチョコレートをねだった記憶。

 学校から帰ってきて、一枚しかなかった板チョコを、妹とおやつに分けあったこと。

 バレンタインでもらった義理チョコを、父親に揶揄からかわれた夜。

 スーパーの帰り、母と手を繋いで帰った帰り道。


 前世の家族は今、どうしているだろうか。

 

 窓の外に広がり始めた綺麗な夕焼けと。

 母と手を繋いで歩いた帰り道の、オレンジ色に染まった夕焼けが、重なって消えた。


「……すみません、ちょっと、あまりの美味しさにびっくりしました」


 俺が突然涙をこぼしてしまったことで、北大路先輩と蒼梧に心配をかけまいと慌てて笑顔で取り繕う。


 ――びっくりした。


 まさか、チョコレートひとかけでこんなに心が揺さぶられるとは思わなかった。


「……蓮」

「――そんなに感動したなら、土産に少し持っていくといい」


 どこか心配するように声をかけてくる蒼梧と、気遣ってくれながらも知らないふりをしてくれる北大路先輩。


「……ありがとうございます。せっかくなので、妹たちにも食べさせてあげたいと思います」

「そうか、西園寺には妹君がいるんだったな」

「はい。時々、一緒にお菓子を作って食べたりするんです。あの子たちが甘党になったら、それは間違いなく僕のせいでしょうね」

「なんと。君がお菓子を作るのか?」


 それはぜひ、一度ご相伴に上がってみたいものだな。と。

 北大路先輩が朗らかに笑った。


 その後は俺の失態など何事もなかったかのように、普段どんなお菓子を作るのかとか、初等科での授業はどうだとか、取り止めもない話をして、蒼梧と共に帰路についた。


 ◇



「……おい蓮。大丈夫か」

 

 紫雲亭を出て、校門へと向かう道すがら。

 チョコレートでの一件を気にしていたのか、蒼梧がそう俺に声をかけてくる。


「うん。びっくりさせてごめん」

「いや……、平気ならいいんだ」


 それきり、しばらくどちらともなく無言の空気が生まれ、ふたりで黙って並んで歩き。


「今度……、俺にも作ってこいよ」

「え?」


 蒼梧が、隣でぽつりと漏らした言葉の意味をつかめず、思わず問い返す。


「甘いの。妹と作るんだろ」

「……蒼梧、甘いのそんなに得意じゃなかっただろ」


 と、そう言った後にハッと「ひょっとして、白百合の手作りが食べたいということか?」ということに思い至るが、かといってこちらから白百合の名を出すのも、なんだかフラグを立てるみたいでグッと喉に押し込んでいると。


「別にいいだろ。余ったらでいいから。食ってやるよ」


 そっけなく言う蒼梧のその言葉の中にも、どことなく俺を気遣う様子が隠れ見えたので。


「作ってもらう側のくせに、偉そうなこと言うなよ」


 と、軽く肩を小突きながら、笑って返してやった。





――――――――――――――

すみません!

昨日の更新分、一部内容を修正しております。

【蓮は他の人間にはびゃくと会話できることを濁している】

と設定を入れて説明させていたのですが、

そうすると矛盾が生じることに気付いたので、がさっとカットしました!


引き続き拙作をお楽しみくださいませ!

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