第21話 菊華、死という概念を知る

 父にとって、継母さなえさんはどんな存在だったのか。


 そして、僕らの実母は、父にとってどんな存在だったのか。


 原作を思い出す限り、『しらゆりの結婚』に出てくる父は、いわゆる華族の親らしい親だったと思う。

 有能な者は取り立て、無能な者には興味を持たない。


 それ故に、白百合は父から軽視され続けた。


 実兄からは軽んじられ、義母妹からもいじめられ、父からもいないものとして扱われてきた白百合を、家長として守らなかった責任を蒼梧から問われ。

 最終的に、【管理能力不足】【四大華族の恥晒し一族】【高位華族として許されざる振る舞い】――そんな不名誉な判決をくだされ、父は追放させられたのだったと思う。


 物語上に描かれた人物像だけだと、傲慢で利己的、狭窄的な視野を持つ人間なのだろうなと思っていたのだが。


 しかし、こうしていま、この世界に転生して立体的に世界を見ると、父は普通の――ただ人の世でうまくやっていこうと足掻く、至って普通の人間なのだなと思うようになった。


 これはこっそり使用人が話しているのを盗み聞いたことだが、もともと継母――早苗さんは、西園寺家に与する男爵家の娘で、その容姿の美しさと聡明さも際立ち、父から好意を寄せられていたらしい。


 それがひっくり返ったのが、俺たちの実母――かすみの登場だった。

 先々帝の姫君が降嫁した先で産んだ娘だった母は、つまりは皇家直系の血を引く生まれで。

 現帝とはいとこの間柄に当たる。


 後の原作では、白百合が皇家直系の人間しか発現できない異能の力を目覚めさせ、物語は展開していったりするわけだが、それはまたさておき。


 かすみとの縁談が決まったことで、父と早苗さんとの関係は白紙となった。

 早苗さんも別の人との縁談が決まり、はたから見ればそれでふたりの関係は終わったかに見えた。


 しかし、結婚してすぐ、伴侶と死別した早苗さんは実家に戻ることとなり、どうやらそこから父との関係が再燃することになったらしい。


 俺の感覚からすると、正妻がいるのによその女性に手を出す心理はよくわからないが、まあどの時代でも不倫、妾はまあある話なのだろう。

 というか、父の親、つまり祖父の時代はまだ一夫多妻制があったから、複数の女性と関係を持つことに、父は特に違和感もなかったのかもしれない。

 

 そしてそれから、菊華が生まれることとなるわけだが。


 母が病気で亡くなるまで、母を尊重して早苗さんを家に上げなかったのが誠意だったと思うべきか。

 亡くなった途端に悼む間も無く家に上げたのを薄情と言うべきか。


 俺にはまだ、答えが出せないでいた。



 ◇

 


 ――継母が、鎌倉の別邸に行ってから。


 夜中、菊華が俺の部屋にやってくることが増えた。


「お兄様……」

「ん。いいよ、おいで」

 

 それは単に、母がいなくなって寂しくなったということだけでなく。

 菊華が【死】という概念を知ったことも、大きな理由の一つだった。


 そう――、ちょうど継母が家をでた少し後のことだ。

 父の祖母――つまり僕らにとっては曽祖母になるわけだが――が鬼籍に入り、父と白百合と菊華と俺の4人で、葬儀に参列したのだ。


 その時。

 既に自らの母の死を通して【死】という概念を知っていた白百合はおとなしいものだったが、この時初めて人の死を目の当たりにした菊華は、葬儀の間もずっと訳のわからなそうな顔をしていた。


 葬儀が終わった帰りの車の中で、ずっと聞きたかったであろう質問を(しかし、人前でおおっぴらに尋ねることがあまりよくないのだという意識をちゃんと持ち合わせていたのだ。そういう意識が生まれているということ自体俺的には感動したのだったが)俺や父に浴びせてきた。


「どうして大お祖母様は起きなくなってしまったの?」

「どうしてみんな泣いてるの?」

「死ぬ、ってなんなの?」


 とりわけ、火葬場で火葬されていく様を見たのが一番衝撃的で、恐怖を覚えたようで。


「菊華も、いつか死んだら燃やされちゃうの? お兄様も?」


 と、隣に座っていた俺にきゅっと身を擦り寄せ、大きな両目を不安に振るわせながら俺を見上げて、尋ねてきたのだった。


 その時には家族みんなで、死は怖いものじゃないんだということを、菊華になるべく優しく教えようとしたのだったが。


 さらに、継母の鎌倉行きの理由として使った【療養】と言うのが、すなわち死につながる言葉なのだと言うことを理解してから、さらに不安を膨らませてしまったようで。


「……今日も、お兄様と一緒に寝てもいい?」

「うん。ほら、寒いから早く入りな」


 ここ最近は毎晩、同じ布団に潜り込んできては一緒に眠る日々が続いていた。


びゃくも」

「ん。びゃく

『あいにゃ』


 俺の呼びかけに、子猫姿で具現化したびゃくが現れ、するりと俺と菊華が寝る布団の間に身を滑らせる。


「えへ……。びゃく、ふわふわであったかい」

『この姿の時だけのすぺしゃるさーびすにゃ』

「菊華のために特別だってさ」

「……ありがと、びゃく


 そう言うと、菊華はびゃくの背中に顔を埋める。


「お兄様は、びゃくとお話しできるの?」

「……そうだね。兄様は、びゃくの一番仲のいいお友達からね」


 布団の中でひそひそと尋ねてくる菊華に向かって、くすくすとそう答える。


「菊華は、びゃくとお話ししたいの?」

「ん……、菊華も、びゃくとお話ししたいなあ……」


 そう言いながら、うとうとと船を漕ぎ出す菊華を見つめる。


 俺は、そんな菊華を見つめながら。

 数日前に、泣きそうな顔で俺の布団に入ってきた菊華のことを思い出していた。


『菊華がわるいこだったから……、お母様が【りょうよう】しなきゃいけなくなったの……?』


 半べそをかきながら、布団の中で身を震わせる菊華を見た時に、俺はものすごくやるせない気持ちになった。


 いや、悪いのは明らかに菊華の母なのだけど。

 それでも、こんな小さな子供から母親を引き離すなんて、酷なことをしたよな――と。


 俺としては菊華のためと思ってやったけど、当人にとってはまた別だ。

 幼くして母と離れることになって。

 ましてや、離れ離れの間に母親が死を迎えるかもしれないと思ったら。

 心痛めちゃうよな……。


 そう思いながら俺は、ふと白百合のことを思う。


 いま、菊華にはこうやって、母親のいない寂しさを埋めてやれる存在はいるが。(それにしたって、完全に代替がきくわけでもないが)


 白百合の時は、本当に一人で耐えなければならなかったのではないか。

 父は無関心、兄からは嫌悪され、自分のせいで母が死んだと思い込んだ白百合が、ひとり暗い部屋でしくしくと泣いている背中を想像してしまい。

 そう思ったら途端に白百合が、酷くいたたまれず不憫に思えてきてしまった。


 ……もしかしたら。

 俺がこの世界に生まれ変わってきたのは、このふたりを幸せにするためなのかもしれないな……。


 そんな勝手な使命感を帯びながら、菊華の寝息に釣られるように、俺も

眠りに落ちたのだった。




――――――――――――――

すみません!

一部内容を修正しました。

【他の人間にはびゃくと会話できることを濁している】

と設定を入れて説明させていたのですが、

そうすると矛盾が生じることに気付いたのでがさっとカットしました!

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